アメリカでは、日本と比べ物にならないほど不法薬物が蔓延している。そのため、多くの企業では様々な機会に薬物検査が行われることがある。新しい仕事に就く前や事故後、薬物使用の疑いがある行動を取った際、さらには無作為に実施されることもある。

コロラド州、ワシントン州、オレゴン州、アラスカ州、そしてワシントンDCなどでは、大麻(マリファナ)が合法化されている。また、その他の州でも医療用大麻が認められているケースが多く、日本に比べるとアメリカは大麻に対して寛容である。しかし、それでもほとんどの企業では薬物使用を禁止している。特に医療関係者やパイロット、貨物列車やトラックの運転手など、重大な責任を伴う職種では薬物検査が厳しく、定期検査ごとに薬物検査が義務付けられている場合もある。

私の経験でも、医学部を卒業しインターン研修を開始した際、同期の1人が突然姿を消した。後に、彼が尿検査で大麻の陽性反応を示したため、即解雇されたと噂で聞いた。彼は外科医の研修を1年した後、競争率の高い眼科医の研修を受ける予定であったが、その道を絶たれ薬物検査によって職を失うケースは珍しくなく、そのため薬物検査を専門とする医師も存在する。

特にオリンピック選手がドーピング検査で陽性反応を示せば、メダル剥奪や国の名誉失墜につながる。そのため、薬物検査をパスする方法もよく研究されている。ある記事では、「水を大量に飲んで薬物を体内で薄めるのが最も確実な方法」と紹介されていたが、真偽は不明である。ただし、薬物は中毒性が高く、長期使用すると脳機能に悪影響を及ぼす可能性があるため、「触らぬ神に祟りなし」のことわざの通り、最初から関わらないのが最善である。

乳児の薬物検査陽性事件

最近、非常に興味深いケースに遭遇した。9カ月の男の赤ちゃんが泣き止まず、ぐずぐずしていたため、母親が近くの小さな病院に連れて行った。医師は特に異常はないと判断したが、何らかの手違いで尿の薬物検査を実施し、その結果、覚せい剤の陽性反応が出た。もし検査をしていなければ、赤ちゃんはその日のうちに退院できたはずだった。しかし、検査結果のために、念のため私の勤務する病院へ搬送されることになった。

小さな病院には小児科がなく、専門的な診察が必要とされたためだ。診察の結果、身体的な異常はなく、母親にも特に怪しい様子はなかった。母親は落ち着いた様子で、話し方もしっかりしており、薬物使用の兆候は見られなかった。また、彼女の妹も赤ちゃんの世話をしていたが、彼女も薬物使用の疑いはなかった。

そこで、検査室に問い合わせたところ、最初の検査は「スクリーンテスト」と呼ばれる簡易検査であり、精度が低いため、より正確な「確定検査」を実施することになった。結果は1週間以内に判明するが、症状のない赤ちゃんを病院に長く留めておくわけにはいかない。そこで、児童保護サービスに連絡し、退院後も家庭の様子を観察することにした。

このケースは、医療関係者の間でも議論を呼んだ。ある医師は、「166人の赤ちゃんのうち、薬物検査がその後の治療に影響を与えたのは3例のみ」という研究結果を引用し、薬物検査は時間と費用の無駄であると主張した。一方で、「3人の赤ちゃんを救えたなら、薬物検査には十分な価値がある」との意見もあった。

幼児虐待が後を絶たない現状を考えると、薬物検査によって不適切な家庭環境から赤ちゃんを守れる可能性があるなら、それは意義があると思う。ただし、尿検査には偽陽性や偽陰性がある。特に化学合成された薬物は尿検査では検出されにくく、市販の咳止め薬などが検査結果に影響を与えることもある。そのため、安易な判断で無実の人を疑うリスクもあり、「尿検査は無意味どころか有害」という意見も理解できる。

一般の患者には、特別な理由がない限り薬物検査は行わないのが通常だ。しかし、オリンピック選手や事故関係者など、法的に必要とされる場合は義務付けられる。

精密検査の結果と親権問題

この赤ちゃんのケースでは、最終的に精密検査で陰性が確認され、最初の検査結果は誤りだった。しかし、第一段階のスクリーニング検査と精密検査では基準値が異なり、後者のほうがはるかに正確である。

今回のケースを複雑にした要因の一つは家庭環境だった。母親と父親は離婚調停中で、親権を争っていた。もし薬物検査の結果が父親側に知られた場合、それが親権争いに利用される可能性があった。つまり、検査を行ったことで、新たな問題が生じるリスクもあった。

しかし、もし検査がなければ、この赤ちゃんが中毒症をこじらせて、後でさらに深刻な状態で病院に運ばれてくる可能性もあった。我々医師にできることは限られているが、赤ちゃんの無事と健康を願うばかりであった。