34. 針刺し事故とは何か、なぜミスが起こったのか

先日、小児科の看護師さんを私のクリニックで診察しました。彼女は、2週間ほど前に子供の患者さんの採血をしていた際、その患者さんの血液を取るために使った注射針が、うっかり自分の手に刺さってしまいました。このような事故を「針刺し事故」といいます。注射針には患者さんの血液がついていることがあるため、まれですが、感染症がうつる可能性があります。

針刺し事故が起きた場合、「大丈夫そうだから様子を見る」という対応はしません。事故が起きたら、できるだけ早く病院に行きます。理由は、①感染のリスクを正しく評価するため、②あとで体調の変化があったときに比べられるようにするためです。

そのため、事故が起きたその日に血液検査をしますが、これは「今すぐ感染しているかどうか」を調べるためではありません。実は、感染症は体に入ってすぐには検査に出ません。検査結果が出るまでに、数週間から数か月かかることもあります。そのため、最初の検査は、「事故が起きる前は問題なかった」かどうかを確認するために行います。

主に調べるのは、B型肝炎、C型肝炎、HIVの3つの感染症です。これらは血液を通してうつる可能性がある病気です。それから、念のために一般的な血液検査も行います。

B型肝炎について(ワクチンがある病気)
B型肝炎には、予防のためのワクチンがあります。多くの医療従事者は、すでにこのワクチンを打っています。そのため、事故のあとには、「体の中にまだ十分な免疫があるか」を血液検査で確認します。もし免疫が弱くなっていれば、追加でワクチンを打つ必要があります。

C型肝炎について(ワクチンがない病気)
C型肝炎には、ワクチンがありません。そのため、血液検査で「過去にかかったことがあるか、また現在かかっているか」を調べます。この病気は、一度かかると、治っても抗体が一生残ります。ですから、現在C型肝炎にかかっていないか、また過去にかかっていたことがあるかを調べるために血液検査を行います。

HIVについて
HIVも、針刺し事故のあとに確認します。事故のあとすぐに感染がわかるわけではありませんが、後で体調に変化があったときに比較できるよう、最初の状態を確認しておくことが大切です。また、感染リスクが高い場合には、HIVに感染してしまわないような予防の薬を針刺し事故の後、すぐはじめることもあります。

また、針刺し事故のあと、1回病院に行って終わりではありません。数日後、2週間後、1か月後など、何度か通院して検査を続けます。これは、「時間がたってから出てくる変化」を見逃さないためです。

この看護師さんは、事故当日にすぐ病院に行き、必要な検査を受けました。血液検査も受けたとのことでした。また、注射針についていた子どもの患者さん血液から、その小児科の患者さんはこれらの病気を持っていないことが分かっていました。そのため、「感染の可能性はとても低い」と判断されました。ですから、HIVの予防の薬を始めることはありませんでしたが、B型肝炎に対する免疫が弱くなっていたため、予防のためにワクチンを打つことになったと、患者さんは私に説明してくれました。というのも、コンピューターのカルテに1回目の血液検査の結果が入っていなかったのです。

私は上司の医師に1回目の血液検査の結果を尋ねてみましたが、彼女も見つけることができず、オフィスのマネージャーに尋ねましたが、誰もその血液検査の結果を見つけることができませんでした。そこでマネージャーが、その血液検査を行った検査機関に連絡し、結果を見つけることができました。

しかしその後、私の上司の医師がマネージャーを叱責し、その後マネージャーが看護師たちを集めて、今後このようなことが起きないように、患者さんの検査結果はかならず電子カルテに入れるようことをてっているためのミーティングを開いていました。私のせいではないと分かってはいるのですが、そのマネージャーや看護師さんたちに申し訳ない気持ちになりました。

この患者さんの話に戻しますが、患者さんは針刺し事故の2週間後の検診で、クリニックを訪れました。その時に、血液検査のことや、当日行うことについて説明しました。「血液検査とワクチンを行います。看護師さんが来ますから待っていてください。2週間後にまた来てください」と言って、その部屋を出ました。患者さんは、私の説明を理解したように見えました。しかし、私が次の患者さんの診察を終えた後、上司の医師から、その針刺し事故の患者さんが血液検査とワクチンの注射を受けずに帰ってしまったと聞きました。

上司は、ワクチンは高価であり、一度開けると他の患者さんに使えないこと、そのため接種が終わるまで患者さんを帰してはいけないことを説明してくれました。そのことは十分にわかっていたのですが、なぜ患者さんが帰ってしまったのかは、誰にもわかりませんでした。

マネージャーが患者さんに電話をかけましたが、つながらなかったとのことでした。スタッフ間の連絡不足と忙しい診療の流れが重なり、患者さんは検査とワクチンを受けずに帰ってしまったのでした。

なぜこれが問題なのか
針刺し事故のフォローアップでは、「決められた検査や注射を、決められたタイミングで行う」ことがとても大切です。途中で抜けてしまうと、本当に安全だったのか確認できないだけでなく、後で問題が起きたときに対応が遅れるという心配があります。

この出来事から学んだこと
この出来事は、医師、患者さん、受付スタッフの間で、「今、何をする予定なのか」が十分に共有されていなかったことが原因でした。忙しい医療現場では、このようなすれ違いが起こることがあります。しかし、患者さんの安全を守るためには、何度でも説明し、確認するべきでした。

この経験を通して、「わかっているはず」と思わず、「本当に伝わっているか」を確認することの大切さを改めて学びました。忙しい医療現場では、いろいろな想像を絶することが起きます。そのためにも、細部に注意を払い、こうしたミスを未然に防ぐために、もっと努力する必要があると改めて感じた今日この頃です。

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