トランプ大統領が就任してまだ1ヵ月も経過していないにもかかわらず、さまざまな政策が次々と実施されている。一部の政策は非常に優れていると感じる一方で、他の政策には疑問を覚えざるを得ないこともある。アメリカで中毒学の専門医として大学病院に勤務する中で、トランプ大統領の政策が、私たちの医療現場に強く関係していることに、メキシコとカナダと中国への高い輸入関税がある。今年の2月1日、トランプ大統領はメキシコとカナダからの輸入品に対して25%の関税、さらに中国からの輸入品に追加で10%の関税を課す大統領命令に署名した。どうしてこの三国だけに集中して高い輸入関税をかけるのか?
この措置の背景には、アメリカにおける麻薬中毒問題がある。過去10年間にわたり、不法薬物による死亡者が急増している。大統領就任当初、トランプ氏はこの現状を「オピオイド危機」または「麻薬戦争」と表現し、深刻な懸念を示していた。最近では交通事故で死ぬ人よりもそういった不法な薬物で亡くなる人が多い。特に懸念されるのは合成麻薬であるフェンタニルである。フェンタニルは非常に高い毒性を有し、ヘロインの50倍から100倍の効力を持ち、僅かな量で致死量に達する可能性がある。従来は中国で生産されていたが規制強化の影響により、現在は主にカナダおよび特にメキシコから供給されている。このため、トランプ大統領はこれらの国々に対して麻薬取締りの強化を促す目的で、関税を用いて圧力をかけているのである。
私自身、毎日麻薬中毒の患者を診察しており、その多くは非常に悲惨な人生を歩んでいる。一度麻薬中毒に陥ると、理性的な判断が困難となる。私の患者の中には、1日に100ドル以上を薬物に費やす者も少なくない。女性患者の場合、売春によって薬物購入資金を得たり、薬物を供給する男性と交際するケースが多く、結果として暴力や性被害、その他の酷い扱いを受ける危険性が高まる。一方、男性患者は薬物密売や資金調達のための犯罪行為に走り、刑務所に入っていた患者さんも多い。
これらの患者さんの多くはかつては平凡な生活を送っていた。交通事故やその他の理由で処方された痛み止めの使用がきっかけで、徐々に麻薬中毒へと進行し、処方された量を超える薬物使用に陥ったり、最近の処方箋監視の厳格化により医師から処方を打ち切られた結果、やむを得ず密売人から薬物を入手するようになった。しかし、フェンタニルは極めて少量で効果を発揮し、他の薬物と比較しても低価格であるため、多くの患者がフェンタニル依存に陥っている。一度中毒状態になると、理性による自制が困難となり、薬物入手のみが生きる目的となる。社会は依然として麻薬中毒者に対する理解が不足しており、彼らは偏見の対象となり、就業機会も制限され、経済的困窮に陥り、売春や犯罪といった安価に薬物や薬物のための資金稼ぎに犯罪に走る傾向がある。多くの患者は住居を失い、ホームレス状態に追い込まれている。
最近、子供を3人出産した女性患者がクリニックを訪れた。出産後、激しい背中の痛みに悩まされ、数ヶ月間は痛み止めの処方を受けていたが、その後、医者からの痛み止めの処方箋が中止された。でも痛みは続いている。仕方なく友人の紹介で不法に入手した痛み止めの使用を続けた結果、安価なフェンタニルに手を出し、何度も過剰摂取に陥ったが、そのたびに幸いにも奇跡的に生還した。その後、サバクソンという、過剰摂取時にも安全性が高く、禁断症状を軽減する薬を処方した結果、患者の状態は徐々に改善し、現在は3人の子供を持つ母親として社会復帰に努めている。この事例は、誰もがいつどこで麻薬中毒に陥る危険性があること、また正しい治療をすれば高い確率で社会復帰が可能であることを示している。
関税の導入により、メキシコやカナダからのフェンタニル供給が減少することは歓迎すべきだが、密売組織は新たな対策を講じる可能性がある。フェンタニルは合成麻薬であり、特定の植物(けしの花)を必要とせずに合成可能であるため、密売組織は類似の合成物質を次々と開発する恐れがある。実際に、多くの合成物質が市場に出回り、それに伴い死亡例も増加している。たとえば、プリンスという有名な歌手が2016年に薬物の過剰摂取でなくなったが、不法に合成された薬物が原因ではないかと言われている。
アメリカの関税による圧力が他国との麻薬戦争への協力を促進し、不法薬物の輸入削減につながる可能性もある。しかし、これからもいたちごっこのように麻薬戦争は続くような気がしてならない。
薬物は人間の脆弱性につけ込み、その結果として中毒状態を生む。もし対象者への十分な教育と支援がなければ、麻薬中毒が解消されたとしても、その依存は食べ物やSNS,ギャンブルなど他の形態の中毒へと移行する可能性がある。人間は根本的に弱い存在であり、その弱点につけ込んだ薬物が他の物質に置き換わる危険性を常に孕んでいる。したがって、個々人が健全な判断を下すための教育および支援体制の強化が、今後ますます重要になると考えられる。そういった根本的な解決をしなければ、本当の意味での「中毒」はなくならないのではないかと思う今日この頃である。