最近、日本の新聞やテレビでも「オレオレ詐欺」が頻繁に取り上げられている。孫や子どもを装い、電話で高齢者に嘘を信じ込ませてお金をだまし取る、という手口である。日本では「またか」と思うほど日常的な出来事になっているが、まさか自分の身に、アメリカで、しかも医師という立場を狙った詐欺が起こるとは夢にも思わなかった。
実は私も、先週まさにそのような電話を受けた。しかも相手は、私の医師免許を利用した、極めて巧妙な「医者版オレオレ詐欺」であった。
不審な電話の始まり
先週の火曜日、午前8時30分ごろ、オースティンからの電話が鳴った。オースティンはテキサス州の州都でいろいろな政府の機関があるところだ。わたしは、仕事中だったので最初は無視したが、3回もたて続けに電話がかかってきたため、ただ事ではないと思い、4回目に電話を取った。
電話口の相手はこう言った。
「あなたは藤井医師ですか?」
「はい、そうです。」
「あなたの医師免許証が捜査の対象になっています。すぐに調査官におつなぎしますので、このままお待ちください。」
驚きながらも待っていると、すぐに「ディーボン・リード」と名乗る男性が出て、話し出した。彼の英語には強い訛りがあった。彼は「テキサス州の健康局に所属する免許捜査官」であり、自分の身分証番号やこの調査のケースナンバーを矢継ぎ早に告げた。
免許と麻薬犯罪を結びつける話
彼が説明した内容は、さらに衝撃的だった。
「8月10日、ヒューストンで放置車両が発見され、その車の中から大量の大麻や違法薬物が見つかりました。それらは過去にもあなたの免許を通じて処方されたものと同じ様なものです。処方された総額はおよそ3億ドルにのぼります。あなたは最近3か月間でこれらの違法薬物を処方しましたか? その利益を得ましたか?」
私は突然のことに頭が真っ白になり、彼の言葉を必死に聞き取ろうとした。さらに彼は「この会話は個人情報に関わる極秘事項なので、必ず一人になれる場所で話してください」と念を押した。
その後、私は名前や生年月日、勤務先、医療従事者IDなど、次々と質問を受けた。そして極めつけは「あなたのそれらの処方された収益資産が10の銀行に振り込まれている。これから口座をすべて凍結するが、あなたの生活口座だけは凍結を避けてあげる。そのために銀行名と残高を教えてほしい」という要求であった。
私はすっかり動揺しており、ためらうことなく「チェイスバンクに4つ口座があり、それぞれにこのくらいの残高がある」と答えてしまった。ただ、口座番号やパスワードはここでは聞かれなかった。
さらなる圧力
彼は「我々は、FBIとこの事件を捜査してきた。これまで2、3か月間あなたを監視してきたが、違法処方の証拠は見つかっていない。ただし今後法的手続きをすれば、あなたは15日間拘束されることになる。しかし、我々に極秘で協力すると約束してくれれば穏便に調査を進めることができ、そうすれば拘束せずに済む。」強い訛りのある英語で畳みかけた。
さらに「協力の証として調書にサインしてほしい。すぐにファックスで送るので、近くのFedExに取りに行き、署名して返送してほしい。」と要求した。私が「弁護士に相談したい。」と言うと、「この電話は録音されており、切れば公的調査に移行する。その場合あなたは15日間拘束され、全国の医師名簿に『捜査対象』と記録される。」と脅された。調書にサインするまでこの電話を切ってはいけないともいわれた。医師にとって免許に疑惑がかかることは死活問題である。たとえ無実でも、「調査中」という記録だけで社会的信用は大きく損なわれる。そのため私は「弁護士に相談」という冷静な判断を押し殺されそうになっていた。
偶然の救い
私はFedExに向かおうと玄関を出た瞬間、偶然にも別の重要な仕事の電話が入った。その対応を終えたところで、なぜか「調査官」と名乗る男からの電話も切れてしまった。
録音されている電話が切れたことに動揺を隠せず、公的調査に切り替えられるのではないかと心配ではあったが、いい機会だと思い、すぐに弁護士に連絡した。事情を話すと、「それは怪しい。通常はそんな形で免許の捜査が行われることはない。必ず書面で通知が来るはずだ。」とアドバイスされた。
その後、テキサス州の保険局に電話し、自ら確認したところ、「最近、そういった医療従事者を狙った詐欺電話が急増している。公式な調査は必ず文書で行うので、電話でのやり取りはあり得ない。」と説明された。彼からの電話番号はテキサス州の保安局のものと同じ電話番号であったのだが、ようやく私は、あの一連の電話が典型的な詐欺であったことに気づいた。
詐欺の特徴
改めて振り返ると、詐欺の兆候はいくつもあった。例えば、次のようなものである。
1.強い訛りのある調査官
2.「極秘」と強調して一人で対応させる
3.銀行名と残高の確認(口座番号やパスワードは直接聞かなかったが、後に送る書類で署名を迫り、資金を奪うつもりだったと思われる)
4.文書ではなく電話だけでの「捜査」
5.「録音中」「15日間拘束」「電話をきるな」と脅して急がせる
医師を狙った理由
私がなぜこれほど簡単にパニックになったのか。それは「医師免許」という職業的な命綱を人質に取られたからである。もし本当に免許に疑惑がかかり、調査がインターネットで公的に公開されれば、今の仕事を失うだけでなく、新しい職を探すことさえ難しくなるだろう。詐欺師は医者のこの心理を巧みに利用して、私から銀行情報を引き出そうとしていたのである。
教訓と感謝
その後も何度かオースティンから電話があったが、一切出ていない。もちろん、書面での通知などは届いていない。後で冷静になって考えると、もしあのとき仕事の電話が重ならなければ、もし弁護士に相談できなかったら、私は本当に大切な資産を失っていたかもしれない。
今回の経験から学んだのは、政府や公的機関からの重要通知は必ず書面で行われるということ、そして電話で急がせるものは詐欺の可能性が高いということだ。恐ろしい体験ではあったが、結果的に被害に遭わずに済んだことを感謝している。何よりも「医師を狙ったオレオレ詐欺」が現実に存在することを、多くの方に知っていただき、気を付けていただきたいと思う、今日この頃である
