先日、外務省海外安全ホームページから「薬剤耐性(AMR)に関する注意喚起」というメールが届いた。内容を簡単にまとめると、次の通りである。
● 薬剤耐性(AMR)とは、細菌感染症の治療に使う抗菌薬が効きにくくなったり、効かなくなったりする問題である。細菌感染ではないのに抗菌薬を使ったり、自己判断で途中でやめたりするなどの不適切な使用によって広がるおそれがある。
● 薬剤耐性の拡大を防ぐため、抗菌薬は医師や薬剤師の指示に従い、量・回数・期間を守って服用する必要がある。
● 日本と違い、薬局で抗菌薬を購入できてしまう国もあるが、自分の判断で不要な抗菌薬を飲まないよう注意する。

このメールは、私にとってとてもタイムリーであった。というのも、まさにそのような患者に出会ったばかりだったからである。

その患者は40歳前後の白人のアメリカ人男性で、7年前に「mono」と呼ばれるウイルス感染症(伝染性単核球症)にかかったという。それ以来、風邪のような症状をしばしば起こすようになり、そのたびにアジスロマイシンやケフレックスなどの抗菌薬を飲むとすぐ治ると話していた。

彼は2〜3日前からインフルエンザのような症状が出現し、来院した。発熱はないが、のどの痛み、咳、耳が詰まった感じがあるという。診察時の体温は正常で、血圧や呼吸数も正常範囲内であった。関節痛や筋肉痛はなく、嘔吐や下痢などの消化器症状もないことから、臨床的にはウイルス性の上気道感染と判断した。ところが彼は、「緑色の痰が出て咳もあるので、ぜひ抗菌薬を出してほしい」と強く希望した。

私は、ウイルス性疾患には抗菌薬は効かず、不必要な使用は将来の耐性菌の原因になり得ることを説明し、症状を和らげる治療で経過を見る方針をやんわり提案した。しかし彼は、今回はウイルス感染であっても将来細菌感染に進むかもしれないので、その予防の意味でも抗菌薬が必要だと主張した。インフルエンザと溶連菌の検査はいずれも陰性であり、それらの感染症ではないことは確認されていた。

身体診察ではのどは正常だったが、耳を診ると、通常は光って見える鼓膜がはっきり見えず、耳垢様の物質で覆われていた。そこで看護師に耳垢を除去してもらった。再度診察すると鼓膜はある程度見えるようになったが、外耳道の皮膚は赤くただれており、外耳炎があった。また鼓膜の奥に液体がたまっている所見もあり、中耳炎の合併も疑われた。外耳炎は通常点耳薬で治療するが、中耳炎には全身の抗菌薬が必要になる。このため、今回は抗菌薬が適切であることを説明して処方したところ、彼は安心して感謝してくれた。

彼は午後2時ごろに来院したため、比較的時間に余裕のある患者であった。しかし、もし診療終了間際に来院し、しかも中耳炎がなかったとしたら、抗菌薬が不要であることを説明し、説得する必要があっただろう。説得には時間がかかり、成功するとは限らない。理解が得られても患者満足度が下がる可能性があり、医師評価に影響することもある。抗菌薬を処方すれば数分で終わる診療が、処方しない理由を説明するだけで20〜30分かかることもある。しかも双方に不満が残り、評価にも悪影響が出るかもしれない。一方で抗菌薬を処方すれば短時間で診療が終わり、患者は望んだ治療を得て、医師を高く評価する可能性がある。

ここで「良い医師」とは何かを考えたい。本来、ウイルス性疾患に抗菌薬は効かないことを患者が納得するまで丁寧に説明することが、理想の医師像であると医学教育では教えられる。しかし実際の診療では、時間、患者満足度、対立回避などさまざまな要因があり、抗菌薬を処方した方が早く円滑に終わることもある。その結果、患者にとっては、抗菌薬を出してくれる医師こそが「良い医師」と感じられる可能性がある。つまり、患者の理想と医療者の理想には差があるのだ。では、どうすればそのギャップを埋めることができるのだろうか。それにはコミュニケーションが不可欠であり、忍耐と時間が必要になると私は思う。

その意味で、外務省がこのような注意喚起メールを発信し、患者教育に役立てていることは非常にありがたい。患者教育、つまり正しい医療情報を伝えることも医師の大切な役割である。時間はかかっても、患者が理解するまで丁寧に説明することが重要であり、そのように向き合える医師こそが良い医師なのだと思う。

そこでジレンマが生じる。患者が思う医師像と、私たちが目指す医師像の違いは、お互いのストレスとなり、コミュニケーションの困難につながるかもしれない。患者が望む薬と、医療者が最善と考える薬が異なるとき、コミュニケーションによってそのギャップを埋めることができるかもしれない。しかしそのためには多くのエネルギーと時間が必要であり、特に外来内科では1日に60人もの患者を診るクリニックも多い中で、その時間を確保するのは容易ではないのが現実である。そうした現場のジレンマの中でも、患者の健康を第一に考え、自分の目指す理想の医師像に近づこうと毎日努力することの大変さを、つくづく感じる今日この頃である。