以前のコラムに緊急病院で見たアメリカを書いたが、そこではメディケアやメディケイドといった制度を通して、お年寄りや低所得者層の患者さんを診ることで、アメリカ社会の底辺を垣間見ることができると記した。しかし、それよりもさらに貧困に喘ぐ人々が、アメリカにはたくさんいる。それは、不法移民の人々である。テキサス州はメキシコに面しているため、メキシコからの不法移民がとても多い。彼らは「ペーパーレス」と呼ばれ、社会保障や法的な保護、援助を何も受けることができない。そのため、メディケアやメディケイドさえも利用できないのだ。
私は、テキサス州南部に位置するメキシコとの国境近くの町、マックアレンという場所の病院で働いたことがあった。そこには、スペイン語しか話せない、メキシコから不法にやってきた貧しい人々が大勢いた。彼らは、病気になってもお金がないため、医者に診てもらうことができないのが現状だった。
私が働いた病院は、そういったメキシコからの不法移民が、最低限の料金で血液検査や診断を受けられるように政府の援助を受けている病院だった。しかし、それでも医者に診てもらい、血液検査を受けるには少なくとも40ドルを払わなければならず、彼らにとっては大金である。そのため、めったに病院に来ることはできなかった。その結果、病気が進行し、どうしようもない状態になるまで放置され、手遅れとなるケースが多々あった。
私が会った一人の老人は、車を持っておらず、テキサスの暑い夏の日差しの中を2〜3時間歩いて病院に来たと言っていた。彼の靴は、もう穴が開きそうなほど靴底がすり減り、靴下には穴が空いていた。必要最低限の持ち物は、鞄代わりに使ったスーパーマーケットのビニール袋に入れていた。彼は、糖尿病のために一番安い薬を処方されるしかなかったが、それでも感謝していた。そして、また2〜3時間かけて歩いて家に帰ると言っていた。私は、病院で働いていなければ、彼を車で送ってあげたいと心から思った。
医学部では、糖尿病にはいろいろな薬があると学んだ。それぞれの症状に応じて、この薬が適している、あの薬が適しているという具合に、用途に合わせてさまざまな薬を使い分ける方法を教わった。しかし、このような貧困層の患者さんには、選択肢などなく、最も安価な薬を提供する以外に道がないのだ。
現場に入ってみて気がついた。薬の用途はもちろん大切なのだが、もっと大切なのは、患者さんが薬を買うことができるのか、そして実際に飲んでくれるかということだ。もし、高い薬を処方しても、患者さんが薬を買えず、飲んでくれなければ元も子もない。それから、一日一錠の薬は、一日に3回飲まなくてはいけない薬よりも、患者さんにとってずっと都合が良く、飲みやすい。また、多くの薬は食後、食前、食事中に飲むといった飲み方が決まっているが、ある先生に聞くと、「細かく注意すると患者さんがおっくうになって薬を飲んでくれない。だから、いつでも思い出したときに一日一錠飲むように指示している」と言っていた。患者さんに薬を飲んでもらうことが、医者にとっては最も大事なことなのだ。飲んでもらえなければ、治療にはならない。
医学部で学んだ細かい用途の知識は、知っていて損にはならない。しかし、実際の現場ではそれよりも大切なことを学ぶ機会が多かった。例えば、薬の値段や患者さんの保険が効くのかといったことが、実際には現場で最も役に立つ知識だった。
また、別の患者で、60歳の老婦人がいた。彼女はお腹が痛いと言って、苦しそうにお腹を抱えて病院にやってきた。彼女は長い間糖尿病を患い、糖尿病の末期症状でカルシウムの腫瘍が体のあちこちにできる病気に蝕まれていた。お腹を触ると、固いカルシウムの塊がたくさんあるのが手触りでわかる。とても痛そうだが、私たちはどうすることもできない。彼女を治せる薬も手術も何もないのだ。ただ、痛み止めを処方するしかできない。しかし、今は政府の監視が厳しいため、中毒性の強い薬を無闇に処方することはできない。彼女は、痛みと苦しみの中で死を待つしかないのだ。
その他にも、糖尿病を患い、その結果腎臓が機能しなくなり、週3回透析を受けなければならない患者にもたくさん会った。彼らには透析を受けるお金がない。もしメディケアやメディケイドがあれば、透析を受けることができるのだが、どんな保険も持たない彼らにはそれは不可能だ。では、どうするのか。彼らは緊急病院に週3回通う。血液検査で透析が必要だと判断されると、「緊急」という理由で無料で透析を受けられる。しかし、もし血液検査で透析が必要とされる値に達していなければ、透析は受けられない。
透析を受けられなければ、彼らの血液は浄化されず、汚れた血液が体中を巡り、さまざまな臓器を弱らせる。彼らにとって、透析を受けられるか否かは、生死に関わる問題なのだ。そのため、血液テストで悪い結果が出ることを祈る。結果が悪ければ、透析が受けられるからである。毎回、透析を受けられるかどうかわからないまま緊急病院を訪れる彼らのストレスは、想像を絶するものがある。
そして、わたしがその病院で働いていた時に気づいたことは、メキシコからの移民には糖尿病が大変多いということだ。どうしてなのかといろいろ聞いたり、観察したりしてわかったことは、メキシコからの移民はソフトドリンクがとても好きだということだった。彼らは水を飲む習慣がないのか、コーラやペプシといった炭酸飲料を水代わりに飲んでいる。メキシコでは水道水を飲むと下痢をするので飲むなと言われたが、もしかしたらそれが原因なのかもしれない。また、ソフトドリンクは水と比べて、メキシコではとても高価だそうだ。だから、アメリカに来て、水を買って飲むよりはコーラを飲むことを選ぶ。アメリカでは、コーラも水もほとんど同じ値段か、それより安いくらいだから、コーラを選ぶのも無理はない。しかし、そういった炭酸飲料には砂糖がたくさん入っている。それを毎日何本も飲んでいれば、体が砂糖漬け状態になり、砂糖を浄化しきれないことで糖尿病になるのも無理がない。
それと、私が糖尿病患者をたくさん診て感じたのは、彼らがとても笑顔のたえない良い人たちだということだ。シカゴにいる時には、寒い地域柄、ピザやステーキといった食事や、体温を上げるために塩気を取ろうとするためか、比較的心臓病の患者がたくさんいた。私の経験から言うと、心臓病の患者さんには怒っている人が多い。心臓病になると怒りやすくなるということがリサーチで研究・証明されているが、反対に、糖尿病の人は砂糖の取り過ぎが原因なのか、スイート(優しい)な人が多いというのが、私の長年の経験に基づく印象だ。
とにかく、毎日の食事や生活習慣が私たちの健康を左右する。アメリカで糖尿病や心臓病にならないためには、自分の健康は自分で守るしかない。幸いなことに、私たちには日本食という素晴らしい健康食がある。日本食を食べ、健康でいることはとても大切だと思う。そして、健康がアメリカで生き残る最も重要な鍵だということを、アメリカにいて身にしみて学んだ。皆様も健康にはどうぞくれぐれもお気をつけて、楽しいアメリカ生活をお送りください。