先月の記事で、糖尿病の患者さんは人柄がよくて付き合いやすいが、心臓病の患者さんはイライラしている人が多いと書きましたが、それはリサーチの結果に基づくものと、私の主観的な経験から述べたことです。ただし、もちろん例外もたくさんあり、心臓病の患者さんでもとても良い人をいろいろ見てきましたので、一概には言えないことをここで付け加えておきたいと思います。

さて、今回もまた緊急病院の話になりますが、緊急病院には、レベル1からレベル4までの4つのレベルがあります。レベル1というのは、全ての緊急患者を扱える大きな病院で、他の病院で治療できない重病患者がレベル1の病院に送られることになります。レベル4というのは、ちょっとした怪我や命に関わらない軽度の患者さんの治療を目的とした病院です。レベル2とレベル3はその中間といったところでしょう。

しかし、レベル1の緊急病院にも軽い怪我の患者さんが訪れることがありますし、レベル4の緊急病院でも、心筋梗塞で重体となった患者さんが治療中に突然亡くなるといった惨事がたまにあります。患者さんは緊急の場合、レベルなど関係なく、最寄りの病院に駆け込むのが普通です。救急車で運ばれた場合は、その様態に応じて患者さんが振り分けられ、最も適した最寄りの病院に運ばれます。たとえば、救急車で運ばれた重病患者さんの場合、レベル4の近くの病院ではなく、最も近いレベル1の少し離れた病院に運ばれるのが通常です。

もし胸が痛むとかストロークの症状が出ているなど、複雑な治療が直ちに必要な時は、レベル1の病院に駆け込んだ方が輸送時間を短縮でき、より良い結果を期待できるかもしれません。一方で、ちょっとした怪我であれば、アージェントケアと言われる町中にあるクリニックに行った方が治療費も安く、また待ち時間も短いため、そちらのほうが適している場合もあります。

病気の種類だけでなく、保険や年齢、人種、妊娠しているかどうかなど、患者さんの情報を正確に把握しておくことは、患者さんを治療するうえでとても大切なことです。緊急病院で働いていると、特に注意が必要なのは、生死をさまようような重体の患者さんはもちろんのこと、小さな子供と妊婦の患者さんです。小さなお子さんは、様態がすぐに豹変することがあります。元気に遊び回っている子供が、次の瞬間にはぐったりしてしまい、ヘリコプターで近くのレベル1の大病院に直ちに送られる、ということがよくあります。

私の友達の赤ちゃんも、風邪だと思い近くの病院に連れて行きましたが、薬をもらい返されただけでした。しかし、薬を飲んでも症状は良くならず、二三日後に再び病院に行ったところ、実は脳に細菌が感染している重症だと判明しました。直ちに治療を始めたものの、すでに手遅れでした。現在、その子は6歳ですが、誰かに運んでもらわなければトイレにも行けず、話すことも出来ず、おむつも取れない状態で、一生寝たきりの生活を余儀なくされています。友達夫婦は病院を訴えることも考えましたが、その州の規則で訴訟はできないと分かり、泣く泣く諦めました。今では、友達が子供の世話を毎日しています。このような場合、子供が一生寝たきりになる、あるいは後遺症が残る病気や怪我をすると、親には莫大な医療費が一生重荷のようにのしかかってきます。

オバマケアー(Affordable Care Act)という健康保険の法律が2010年に成立するまで、先天性の病気を持った子供や、すでに病気と診断された患者さんは、保険会社に拒否されることが普通でした。しかし現在では、そのような健康保険の差別は撤廃されています。それでも、保険会社としては、そういった患者さんは治療費が多くかかると分かっているため、損失を避けるために関わりたくないというのが実情でした。

そこでよくあるのは、そういった子供を持つ親が、お金を持っていそうな人、つまり医者や病院を訴えることです。裁判では子供に有利に動くことが多く、皆、かわいい小さな子供が重病と戦っているのを助けたいと思うのは人情です。その結果、訴えられた病院は、責任の有無にかかわらず訴訟に負け、多額の賠償金を支払うことがよくあるのです。

緊急医として難しいと思うのは、たくさんの風邪の症状を訴えて緊急病院に駆け込む赤ちゃんのうち、そういった後遺症の残る重症患者は本当に稀だし、症状はとてもよく似ているのでよほど気をつけていないと見逃すことがある。そういった重病の赤ちゃんには特別で複雑なテストが必要なのだが、そういったテストがどうして必要なのかをちゃんと説明できないと、後でどうしてそんなテストを高い治療費にも関わらずオーダしたのかと病院や保険会社の係の人に詰問される。「医学は算学」ということわざが日本にあるが、病院も保険会社も商売だ。高い治療費を無駄に払いたくないのだ。医者はそういったこともいろいろ考慮して医療にあたらなければならない。そのため、アメリカでの医療は医者にとってますます難しくなっている。

子供の他に、妊婦も例外ではない。妊婦が病気になり、お腹の子供が先天性の病気で生まれてきた場合、両親は一生その子供の面倒を見なければいけない。そんなお金がないのはよくありことで、病院や医者がよく訴えられる。そのため、産婦人科の医者が払う医者が訴訟で訴えられた時のための保険は他の医者に比べてとても高い。そのため医学部の生徒で産婦人科になろうとする生徒は年々少なくなっている。それとは反対に、皮膚科は、「死なない、わからない、治らない」とよく言われるように、命に関係があまりなく、そのため訴訟になることが比較的少ない。そのため、アメリカでは医学生には皮膚科はとても人気があり、なかなか皮膚科の研修医になることができない。

アメリカではそういった外的要因がそれぞれの医療科の競争率を左右する。どの科の医者になるか、もっと正確に言うと、どの科の医者になれるかは、日本とアメリカでは全然違うのだ。と書くと、いろいろアメリカで医療に関わることは大変なことばかりのようだが、実は本当に治療を必要としている人を助けられるという素晴らしい恩恵に預かることができるので、悪いことばかりではないということも付け加えておきたい。