アメリカの医療クリニックで働いていると、時間のプレッシャーをいつも感じる。患者さんを1時間にだいたい3〜4人診察することになっているので、患者さんの話しをよく聞きたいのだが、時には時間の都合で患者さんのために取りたい時間が取れないことがよくある。特にアメリカ人は日本人と比べ物にならないぐらい話し好きで、その上テキサス州に移って気がついたのは、テキサス人は、私の知っている一般のアメリカ人に輪をかけて話し好きということだった。それは、友達を作るということでは好都合で、テキサス州に移ってから、いろいろな友達がたくさん出来た。家に食事に呼ばれることはしょっちゅうで、時には泊まっていけと言われることもよくある。ただ、そういったテキサス人の人懐っこさと話し好きがクリニックの診察時間になると仇になることがある。
的確な診断をするためにいろいろなことを効率よく聞きたいのだが、しょっちゅう脱線することもある。他のアメリカ人の医師はすぐに患者さんの話しを遮り、聞きたい質問を聞いていくのだが、日本で育った私は、他人の話しを遮るのは失礼だと思い、話しに聞き入っているとあっという間に診察時間が終わり、診察が長引いてしまう。そうすると、他の患者さんの待ち時間が長くなり、文句が来ることがある。
面と向かって「遅い」とか、「いつまで待たせるのだ」と文句を言われたこともあるのだが、インターネットに悪い批評を投稿されることもあるので、むげに扱うわけにはいかない。それは、世界中の誰もが見ることが出来、他の患者さんが医者を選ぶ時に参考にするかもしれない。だから、時間との戦いというようなプレシャーを感じる医者はアメリカにはたくさんいると思う。
ところで、日本人の医者と比べて、アメリカ人の医師は患者さんの話しを遮るのがうまい。ぶっきらぼうに遮るのではなく、相づちを返しながら自分の聞きたい質問に話しを持っていく。こういったちょっとした会話のコツが診断時間の短縮につながり、ついては、良い医師の評価につながる。だから、患者さんの話しを聞くという最も重要なことと、医師が聞きたいことを話してもらうという二つの相反した流れをうまくくみとり、限られた診断時間の中で、得なければならない情報を正確に把握して、処方していくというのは、医師の技術の一部である。
ということで、診断時間が決められているので、その中で、患者さんに言いたくても言えないことがよくあるが、特によくあるのが、薬の飲み方の説明である。薬に関しては、薬局に行って薬をもらう時に薬剤師がちゃんと説明してくれることが多いので、医者は時間をかけて患者さんに説明することを省略しがちだ。または、時間の関係で、しっかりとした説明が出来ないことがよくある。説明したと思っても、患者さんが薬の飲み方を間違っていたということもあった。だから、ここで薬について、いくつかの重要な点を書いてみたいと思う。
昔、タイガーウッズという有名なゴルフ選手が飲酒運転で警察に捕まり、その時のテープがニュースに流れて、アメリカのマスコミだけでなく日本のマスコミも賑わせた。後で、薬物検査をすると、アルコールは出てこなかったが、処方された薬の副作用で意識もうろうとなり、パンクしたタイヤの車の中で眠りこけていたらしい。処方された薬なので罪には問われなかったが、この事件で、処方された薬でも副作用があり、その副作用の恐ろしさを良く表している出来事だと思う。運良く(運悪くとも言えるが)警察に見つかったから良かったものの、もし、運転中に眠気が襲ってきて事故でも起こしていたらとんでもないことになっていただろう。こういった例に見られるように、薬は正しく飲まないと副作用を引き起こしたり、害になってしまうこともある。
そこで、まず、第一に薬の種類について説明したいと思う。薬は3つの種類に分けることが出来る。
1、処方箋が必要でない薬 (Over-the-counter medications)
2、処方箋が必要な薬 (Prescribed medications)
3、特別な処方箋が必要な薬 (Controlled substances)
まず、処方箋が必要でない薬は俗にいう「オーバーザカウンター」と言われる薬で薬局で簡単に手に入る。アメリカ人は医療費が高いせいか、文化や気質のせいか、日本人ほど病院に頻繁に来ない。そのため、ちょっとした痛み、風邪や熱、咳などは薬局で売っている薬で治してしまう。ここでよく使われるのが、ステロイド剤でない炎症を抑える薬で俗にNSAIDと言われる薬だ。その薬にはいろいろな種類があり、よくアメリカでは飲まれている。特にアイブプロフェンと言われる痛み止めはいろいろな病気の痛みによく飲まれている。しかし、私はアイブプロフェンと同じ種類のナプロクセンを痛み止めとして私の患者さんに勧めている。というのは、アイブプロフェンは一日に3回飲むことになっているのに対して、ナプロクセンは一日2回と飲むのに少し便利である。その上、ナプロクセンは今までのリサーチで心臓病への副作用はアイブプロフェンより少ないようだと証明されている。どうしてもアイブプロフェンを飲まれる方は、痛み止めである場合、医師に特別に量を指定された限りでなければ、最高の800mgではなく600mgをお勧めする。というのは、痛みの治療では、600mgも800mgもそんなにたいした効果の違いはなく、ただ800mgは副作用が断然強いとリサーチでわかってきたからだ。
ところが、こういったNSAIDと言われる薬は、胃を荒らしたり、腎臓に良くないので、腎臓病患者や糖尿病患者にはあまりお勧めできない。もし、腎臓病や糖尿病の方がこういった薬を取る時は、医師と相談することをお勧めする。
それから、熱がある時はタイラノールをお勧めしているのだが、肝臓に悪影響を及ぼすこともあるので、お酒をたくさん飲まれる方や、肝臓病がある方にはタイラノールはお勧めできない。ただし、胃への副作用は今のところタイラノールで証明されていないので、胃腸病の方にはタイラノールを痛み止めとしてお勧めしている。
それから、咳にはルーバテッセンという咳止めの薬が薬局で売られている薬の中ではお勧めだ。それでも咳が止まらないという方には、タッセンパールという処方箋の咳薬をお勧めしている。
それから、オーバーザカウンターと言われる薬の中でよく聞かれるのはサプリメントのことだ。アメリカ人の尿は世界で最も高いというジョークがあるぐらい、アメリカ人は栄養サプリメントをよく飲んでいる。でも、取りすぎるとすべて尿に捨てられてしまうので、こういったジョークが出てくるわけだ。サプリメントについてはまだはっきりとした結論が出ていないので、サプリメントを取った方が良いという人もいれば、取らなくてもいいという人もいる。だから、サプリメントを取ることは患者さん次第といった状態である。
こういったオーバーザカウンターの薬で治らない時には、医師に処方箋を書いてもらわなければならない。特に私がクリニックでよく処方する薬は抗生物質だ。ところが抗生物質はバクテリアに対しては大変な効果があるが、ウィルスには全く効かない。ところが厄介なことに、ウィルスとバクテリアが原因の風邪は症状がよく似ているので、患者さんにウィルス性の風邪にも抗生物質を処方してくれと頼まれることがよくある。抗生物質はバクテリアを殺して、患者さんの症状を改善するのだが、ウィルスが原因の症状には効かないどころか害になることがよくある。私たちの体には悪玉菌と善玉菌がいるのだが、抗生物質はその善玉菌を殺したり、抗生物質に対する免疫が悪玉バクテリアにできて、今度本当に抗生物質が必要な時に効かなくなってしまうのだ。だから抗生物質を処方する時には細心の注意を払わなければならない。ところで、一般的にだが、首から上のバクテリアにはアモクサシリンという抗生物質、首から下はアジスロマイシン、それらの抗生物質が効かない時にはオグメンテンという抗生物質を処方するようにしている。ただ、人によって、アレルギーや病気歴が違うので、そういったいろいろなことを考慮に入れないといけないので、一般的にだが。
最後の薬の種類は特別な処方箋が必要な中毒性の強い薬だ。日本でもいろいろな有名人が不法薬物使用でマスコミを騒がせているが、アメリカでも不法薬物は蔓延しており、社会問題になっている。特にアメリカは日本に比べて、薬物の取り締まりがそれほど厳しくないので簡単に薬物が手に入る。
特にマリファナは多くの州で容認されていて、また他の州でも薬用マリファナの使用が法的に認められているため、マリファナで捕まることは稀だ。マリファナ使用の人をいちいち監獄に入れていては、アメリカの監獄制度は今以上にパンクしてしまうだろう。
とにかく、中毒性の強い痛み止めの薬や、精神病の薬などは本当に慎重に処方するべきだと思う。というのは、それらの薬は中毒性が強いので、一度中毒症になってしまうとそれから抜け出すために莫大な費用と時間を費やすことになる。手術の後の痛みやガンの痛みを和らげるためにそういった強い痛み止めを取るのはしょうがないと思うが、できれば、それらの薬を取ることを最小限にとどめることはとても重要なことだ。それらの薬は中毒になりやすいだけでなく、便秘や睡眠を誘発するといった副作用もある。
タイガーウッドは背中の痛みのため4回もの手術をしたと聞いた。ゴルフの動きは腰に大変な負担がかかる。私の憶測では、長時間の運転姿勢は腰に負担がかかるので、タイガーウッドは運転中堪え難い痛みのため、強い痛み止めの薬を大量に飲んでしまい、不覚にも昏睡状態に入ってしまったのかもしれない。とにかく薬は益になれば、毒にもなる。だから、正しい薬を正しい量、適切な用法で取ることが大切だ。では次回は、薬の正しい取り方について書いてみたいと思う。