日本では昔から「酒は百薬の長」と言われ、適量の飲酒が健康に良いとされてきた。これはいくつもの研究によって証明されている。特に1974年に発表された「飲酒量と病気リスク」に関する研究では、ビールなら中ビン1本、日本酒1合、ワイン2杯程度の飲酒が長寿を促すとされている。

この概念は「Jカーブ」と呼ばれ、米国保健科学協議会が1993年に提唱した。縦軸に死亡率、横軸に飲酒量を示したグラフを見ると、適量の飲酒で死亡率が下がり、過度な飲酒で再び死亡率が上がるというものだ。

しかし、これを覆す研究が2017年に発表され、議論を呼んでだ。オーストラリアの心理学者たちが過去の87の飲酒と健康に関する研究を再分析し、それらの結果をまとめたところ、飲酒量と死亡率はJカーブではなく直線的な関係を示していた。つまり、飲酒量が増えるほど死亡リスクも増すという結果だった。

この違いは、データ分析の方法にあると考えられている。Jカーブの研究では、医師に禁酒を指示された人や病気のため飲酒できない人を「非飲酒者」として含めていたため、適量飲酒者の方が健康的に見えたのだ。

最近の“WHO世界保健機関(World Health Organization)”のウエブサイトによるといくら少しのお酒でも安全だとは言えないと主張している。https://www.who.int/europe/news-room/04-01-2023-no-level-of-alcohol-consumption-is-safe-for-our-health

飲酒の実態と医療現場での経験

個人的には、この研究結果を歓迎している。私は外科や緊急医療の現場で、飲酒が原因で悲劇的な結果を招いた患者を数多く見てきた。

例えば、緊急外科では自動車事故の患者の血中アルコール濃度を測定するのが一般的で、多くの州では血中アルコール濃度0.08%以上が飲酒運転とされる。日本では0.03%で飲酒運転となり、アメリカより厳しい規制がある。体重70kgの人が缶ビール1本(350ml)を飲むと、それに相当する。

私の見てきた中で、交通事故の患者、喧嘩で刺された患者、気絶して救急搬送された患者の多くが高い血中アルコール濃度を示していた。こうした現場で、「もし飲酒していなければ…」とため息をつくことが多い。

アルコールと肝臓病のリスク

最近、66歳の白人男性患者を診た。彼は17歳から飲酒を始め、最近結核の検査で陽性が出たため治療を開始していた。精密検査の結果、アルコールの過剰摂取による肝臓病が判明し、肝臓移植が検討された。結局、当面は薬で様子を見ることになった。

結核治療に使用される薬の多くは肝臓に負担をかけるため、飲酒と薬の相互作用で肝臓病が悪化したと考えられる。肝臓移植の待機者は多く、お酒を飲んでいると後回しにされることもある。また、提供者が見つかったとしても手術の成功が保証されるわけではなく、成功しても一生免疫抑制剤を服用し続けなければならない。彼も飲酒を控えていれば、肝臓病を発症する可能性はずっと低かったはずだ。

アメリカの飲酒規制と新たな研究の影響

アメリカではアルコールの害が広く議論され、多くの飲酒規制が存在する。例えば、

  • テレビでアルコールのコマーシャルは禁止
  • 酒場で酔った人に酒を提供してはいけない

しかし、Jカーブ理論の影響で、飲酒を控えることの説得力が不足していた。それがの研2017年の究結果によって、禁酒を推奨する根拠がより強固になった。

1920年にアメリカで施行された禁酒法は、逆にマフィアの台頭を招き、最終的に撤廃された歴史がある。そのため、再び禁酒を法律で規制することは考えにくい。しかし、アルコールは強い依存性を持ち、一度飲み始めると制御できなくなる人も多い。

適量の飲酒が健康に良いと言われても、それを適量で止められる保証はない。飲酒のリスクと飲まないリスクを比較すれば、飲まない方が健康的な結果をもたらす可能性が高い。

だからこそ、若者には「飲み始めないこと」が最も良い選択であると強く伝えたい。そして、その根拠として信憑性の高い研究を活用していきたいと思う。