(7/1/2025)
現在、テキサス州にあるにある大学病院で依存症の患者さんを診察しながら、医学生や研修医に依存症について教え、また研究も行っている。研究は私の仕事の35%を占め、2年間のうちに外部からの研究費を得なければ、私の給料は研究分だけ、つまり、35%下がってしまうことになる。大学病院で働くまでは、そういった研究費獲得のノルマがあることを知らなかった。以前働いてた病院やクリニックでは、90%は患者さんを診察することに当てられて、残りの10%でその他様々な雑用をする時間が与えられていた。ですので、大学病院で働く場合と病院やクリニックで働く場合では、仕事の時間配分が大幅に異なることが多々ある。
特に研究で有名な大学では、そういった時間配分と研究費獲得のノルマは当たり前で、それによって大学教授たちは「葉っぱをかけられ」研究に勤しむことになる。聞いた話によると、外部からの研究費がもらえず、割引された給料で細々と暮らしている大学教授もたくさんいるらしい。多くの博士(PhD)の方々は、白い巨塔と言われるアカデミアで教鞭を取るか、大学やプライベートな研究所で研究にたずさわることになる。しかし、医学博士(MD)は病院やクリニックで働くこともできるので、研究費がもらえず給料が下がった場合、医師たちの場合、病院やクリニックに移っていく。実際、病院やクリニックの方が給料は2倍以上良いことが多く、特に個人経営のクリニックでは立ち上げは大変ですが、軌道に乗ると多くの医師や看護師を雇い、莫大な収入を上げることも可能である。大学病院で研究をしたり、教えたりすることにはたくさんのメリットもあるのだが、給料のことだけ考えてみると実用的ではないことも多い。また、研究を行っている場合には、研究費獲得のノルマがストレスになることもあり、週末も出勤して研究を行っている同僚もたくさんいる。
では大学病院で働くメリットは何であろうか。まず、研究の設備が整っている。図書館の資料や本へのアクセスやIRB(人や動物の実験を行う前に必ず認可を取る仕組み)など、研究を支える体制が整っている。また、外部の機関に研究費を申請する際のサポートも充実している。その上、医学生や研修生を教えることもできるため、研究をすることや教えることが好きな人にとっては最高の職場である。
大学病院での研究費は、国からの補助に頼っている場合が多い。政府機関にいろいろな研究費割り当てがあって、研究者は相当な時間と努力をして、それらの研究費を獲得するために研究計画書を作成し、それを政府機関に提出する。その研究計画書を書くには多大な時間を必要とし、ほとんど1つの研究論文ができるほどの時間を費やすこともある。しかし、どれほど努力して書いた研究計画書でも、研究費を得ることは簡単ではなく、通常、研究費を獲得できる確率は10%から多くても40%程度で、「下手な鉄砲も数打ち当たる」というように、どんどん応募していかないと研究費を得ることはできない。そのため、限られた時間の中で、研究計画書を書く時間と、実際に研究に費やす時間とのバランスを取ることが重要になってくる。
そして、研究費が政府機関から出ていることが多いのため、政治との関わりも避けられない。昨年、トランプ大統領が選任されてから、様々な政策改革が行われてきた。その中でも特に研究者にとって脅威となっているのが研究費の削減である。経費削減の一環として、多くの政府機関が封鎖され、役人が解雇され、研究費も大幅に削減されている。さらに、政府機関の役人も解雇されているので、研究費を申請しても、その結果がなかなか通知されないなどといった影響も出ている。
下のグラフを見ていただきたいのだが、国家予算による研究費の大幅な削減が アメリカ国立衛生研究所(NIH)といわれる 世界有数の医学・生物学の研究機関 でも行われていて、全体として約3.3%の研究費が削減さられることになる。政府の研究機関からの研究費もどんどん削られているため、大学病院で研究をしている者たちにとっては大きな打撃となっている。また、もし政府機関からの研究費を獲得できると、多くて50%から60%位の経費の上乗せされ、その経緯はその研究費を提供した政府機関からその研究費を取った人の大学病院に支払われる。しかし、研究費の削減が進むと、研究費を獲得することが難しくなり、それに伴い大学病院に払われていた経費も縮小され、最終的には15%程度に削減されるらしい。その結果、経費で雇われていた人たちも解雇されることになり、今大学病院では毎日不安な気持ちで働いている研究者や職員も多い。私の大学病院でも、先日122人の職員が解雇されるとの発表があった。
さらに、政府からの大学への圧力も強まっていると聞いた。トランプ大統領の内閣が発足してから、これまでの人種差別や LGBTQ+保護の政策が撤回され、政府から援助を受けている大学は、 その関連の情報や文書を公式サイトから削除しなければならなかったそうだ。また、イスラエルを批判したり、パレスチナ支援活動が行われていたコロンビア大学は、政府に予算補助をカットされると言う圧力に負け、言論の自由を奪うような政策を取らざるを得ない状況に追い込まれているらしい。他の大学も同じような圧力を感じているそうだ。ところがハーバード大学だけは政府の予算補助カットの圧力に屈せずに、言論の自由を守る方針を打ち出しており、その煽りで、全てのハーバード大学教授の給料が約10%カットされると言う話も聞いた。そういう風にどんどん政府の政治改革がアカデミアに及んでいる状況だ。
今の時代に研究行っている我々にとっては、一瞬先は闇である。誰も明日何が起こるか予測することができず、いつ仕事がなくなるか、また研究費が削られるかといった不安と戦いながらも、いつかこの努力が報われるとことを信じて、また、我々が行っている研究が、 未来の人類に何か役立つ形で貢献することを信じて 、毎日一生懸命頑張っている今日この頃である。
