先日、あるアメリカ在住の日本人の方から、「お酒の量が増えてきたのでナルトレキソン(Naltrexon)という薬を飲み始めたところ、少しずつ飲酒量が減ってきました。この薬はとてもよく効くのに、日本ではほとんど知られておらず、私自身も最近まで知りませんでした。もっと多くの人にこうした薬の存在を知ってほしいです。」と言われた。
実際、ナルトレキソンはとても良い薬で、私も多くの患者さんにこの薬を勧め、また処方もしている。良い薬と言うのは、効果が大きく、でも副作用が少ないのだ。この薬を使うと、飲酒量を減らしたり、自分で飲酒をコントロールできるようになったりと患者さんからいい評価をもらうことが多く、この薬によって多くの患者さんがアルコール依存症から立ち直っているのを実際の医療現場で見てきた。そこで今日は、アルコール依存症とその治療薬について、ここで書いてみたいと思う。
1.まず、「どこからが飲みすぎなのか」についてだが、アメリカでは、
- 男性は1度に4杯以上、または1週間に14杯以上
- 女性は1度に3杯以上、または1週間に7杯以上
を超えると、「過剰飲酒」とされている。[1] 1杯の目安は、お酒の種類やアルコールとによっていろいろ異なっているが、ビールで約350mL、ワインで150mL程度と覚えているといいと思う。[2]
2.アルコール依存症の定義
アメリカでは、アルコール依存症は病気とみなされており、精神疾患の診断基準であるDSM-5では、以下の11項目のうち2項目以上が過去12か月以内に当てはまると「アルコール使用障害(AUD)」と診断される。[3] ここでその11項目を書いてみたいと思う。
# | 基準(簡易版) |
1 | 飲みすぎる・長時間飲み続けることがある |
2 | 飲酒をやめようとしても、なかなかやめられない |
3 | アルコールを得る・使う・回復するのに多くの時間を使う |
4 | 飲みたいという強い欲求がある |
5 | 飲酒のせいで仕事・家庭・学業の責任が果たせない |
6 | 人間関係のトラブルがあっても飲み続ける |
7 | 大事な活動を飲酒のためにやめたり減らしたりする |
8 | 危険な場面(運転・高所など)でも飲酒することがある |
9 | 心身に悪いとわかっていても飲酒を続ける |
10 | 効果が薄れてきて、もっと飲まないと酔えなくなっている(耐性) |
11 | 飲まないと手が震える・不安になるなどの禁断症状がある |
該当項目数 重症度の分類 2~3項目 軽度(Mild) 4~5項目 中等度(Moderate) 6項目以上 重度(Severe) |
また、アルコール依存症まではいかないが、危険な飲酒をしているかどうかを調べる手テストもある。例えば、WHO(世界保健機関)が推奨するAUDIT(アルコール使用障害識別テスト)[4]という10項目の評価表や、簡易版である3項目のAUDIT-Cも広く使われている。どちらも信頼性が高く、自身の飲酒傾向を振り返るのに役立つので、ここでその簡易版を載せてみたい。[5]
合計点数 | 評価 | |||
0~2点 | 問題なし(低リスク) | |||
女性:3点以上男性:4点以上 | リスクあり → 精密評価または面談の推奨 | |||
もしリスクありと診断された場合は医者やカウンセラーと相談してみるのもいいと思う。
4.アルコールは本当に健康に良いのか?
日本でも、「酒は百薬の長」という言い伝えもあるように、以前は、「少量の飲酒は健康に良い」と考えられていたこともあったのだが、近年の研究ではその考えが見直されている。例えば、いろいろな政府機関で次のように奨励されている。
つまり、少量であっても健康へのリスクはあり、「飲まないこと」が最も安全だと考えられるようになっている。
5.治療薬について
アメリカでは、政府機関に承認された3種類の治療薬がある。それらを下のようにまとめてみた。

前にも述べたように、ナルトレキソンで飲酒量が減ったという患者さんに多くあったし、この薬をいろいろな患者さんにお勧めしている。ナルトレキソンは3つの薬の中で特に効果が高いとされている。ただ、肝臓に負担をかけるので、アルコール依存症の方や、長年飲酒している人で、肝臓が弱っている方は、アカンプロサート使った方が良いだろう。ただ、ナルトレキソンは朝一度1錠飲めば良いのだが、アカンプロサートは2錠を1日3回飲まなければならないので少し面倒である。アカンプロサートは肝臓にはやさしいのだが、腎臓に負担をかけるので腎臓の機能が弱くなっている方にあまりお勧めしない。また、もし肝臓も腎臓も健康で、ナルトレキソンだけで効かないようであれば、ナルトレキソンとアカンプロサートを併用することで、より良い効果が得られるという研究報告もある。
6.カウンセリングの重要性
薬物治療と並行して、カウンセリングも非常に重要であるとの研究報告が発表されている。信頼できるカウンセラーを見つけ、ストレスや怒り、不安といった過剰飲酒の背景にある問題を一緒に掘り下げ、適切な対処法を考えていくことが、根本的な回復に繋がるであろう。何かに依存すると言うのは、ストレスや何かの根本の原因を探り、それに取り組んで初めて解決ができると思う。その原因がわからないままに、表面的な依存症を治療しても、他のものへの依存に移るだけの場合もあり得るからだ。
また、アメリカでは多くの教会で、AA(アルコホーリクス・アノニマス)という匿名の自助グループが開催されている。英語での実施が多いのだが、支援を求めるひとつの方法として近くのそういったグループに連絡してみるのもいいかもしれない。
7.最後に
私は多くの依存症の患者さんを診てきたが、一つの依存が治っても、別の依存に移ることがあるというケースを何度も見てきた。大切なのは、「依存の根本原因を理解し、それにどう向き合っていくか」という視点だと思う。
場合によっては、ストレスなどを解決するのが難しいこともあるかもしれない。そんなときは、運動やバランスの取れた食事、趣味など、健康的な代替手段を見つけることが大切だと思う。それから、「付き合いでついつい」といった患者さんも多く診てきた。そういった方には、状況を説明して、禁酒または節酒に協力をもとめるか、人付き合いを少しずつかえていくかして、自分の健康を守ってほしいと思う。
8.日本人の方々へ
日本では、アルコール依存症への理解がまだ十分とはいえず、重大な事故やトラブルを起こして初めて気づかれるケースもあるかもしれない。そうなる前に、「自分は大丈夫かな?」と気づいたときに早めに医師やカウンセラーに相談することをお勧めする。
アメリカでは、依存症に関する研究が進んでおり、多くの薬や支援制度が整備されている。日本でも、正しい情報と理解が早く広がり、「必要な人が必要な時に必要な支援を受けられるようになるといいなぁ、そしてそれを手助けすることができたらいいなぁ」と思う今日この頃である。
[1] https://www.cdc.gov/alcohol/about-alcohol-use/index.html
[2] https://rethinkingdrinking.niaaa.nih.gov/how-much-too-much/whats-standard-drink
[3] https://www.niaaa.nih.gov/health-professionals-communities/core-resource-on-alcohol/alcohol-use-disorder-risk-diagnosis-recovery
[4] https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/67205/WHO_MSD_MSB_01.6a-eng.pdf?sequence=1
[5] https://www.hepatitis.va.gov/alcohol/treatment/audit-c.asp#S1X
[6] https://www.who.int/europe/news/item/04-01-2023-no-level-of-alcohol-consumption-is-safe-for-our-health
[7] https://www.cdc.gov/alcohol/about-alcohol-use/moderate-alcohol-use.html#:~:text=to%20not%20drinking.-,Moderate%20drinking,or%20less%20in%20a%20day.