2025年9月22日、トランプ大統領は記者会見で次のような発言を行った。彼は「妊婦がタイレノールを服用すると赤ちゃんが自閉症になるリスクがあるので、妊婦はタイレノールの使用を避けるように」と述べたのである。タイレノールに含まれる有効成分アセトアミノフェンが自閉症のリスクを高める可能性がある、という主張だ。この発表には、保健福祉省のケネディ長官や、FDA(米国食品医薬品局)の担当官も同席していた。さらに、妊婦に限らず、幼い子どもへのタイレノール使用も避けるべきだというコメントまで付け加えた。

思い返せば、トランプ大統領とケネディ長官はこれまでもワクチンに批判的な発言を繰り返してきた。かつては「ワクチン接種が自閉症と関係しているのではないか」といったコメントも出しており、これらの見解は複数の信頼性の高い研究で否定されてきている。[1] 今回、私自身もニュース映像でその発言を確認したが、大統領は「taking Tylenol is not good(タイレノールを飲むのはよくない)」と述べただけで、なぜ妊婦が服用すると自閉症のリスクが高まるのか、その医学的な根拠については一切言及していなかった。ただ、ホワイトハウスのウェブサイトにハーバードなどの著名な大学で行われた研究成果が引用されて、トランプ大統領のコメントをサポートしている。[2]

タイレノールとはどんな薬か?

皆さんは「タイレノール」という薬をご存じだろうか。アメリカではウォルマートやCVSなどの近くの薬局で処方箋なしに簡単に手に入る一般用医薬品である。作用は鎮痛と解熱、すなわち「解熱鎮痛薬」として広く用いられている。痛み止めといえば、イブプロフェンかタイレノール、と言われるほどポピュラーなお薬だ。

ここで、イブプロフェン‘(アドヴィル)とアセトアミノフェン(タイレノール)の違いを簡単に、表にまとめてみたいと思う。

[イブプロフェン vs アセトアミノフェン][3].[4]

アドビル (Advil)タイレノール (Tylenol)
有効成分イブプロフェン (ibuprofen)アセトアミノフェン (acetaminophen)
1日の最大用量1200mg/日4000mg/日(高齢者や肝疾患患者ではより少量)
適応痛み、炎症、発熱痛み、発熱
副作用胃部不快感、めまい、胸やけ頭痛、吐き気(まれ)
影響を受ける臓器胃、腎臓肝臓
妊娠妊娠20週以降は避ける、可能であれば全妊娠期間を通して使用を控えるのが望ましい使用はできるが、医師に相談することが望ましい

*日本では、イブプロフェンは「イブ」「バファリンIB」などの商品名で市販され、アセトアミノフェンは「カロナール」が代表的である。

妊娠と薬のリスク

イブプロフェンは腎臓や胃腸に負担をかけるだけでなく、妊娠後期(特に20週以降)に服用すると胎児の心臓や腎臓に悪影響を与えることがある。[5] そのため妊婦はイブプロフェンではなく、比較的安全とされるアセトアミノフェン(タイレノール)を選ぶよう勧められている。これは実験や研究に基づいて医学界で広く受け入れられている見解である、いや、少なくとも見解であった。したがって妊婦が熱や痛みに苦しむ時、タイレノールは必要な薬であると考えられている。

自閉症の増加について

ここ25年ほど、アメリカにおける自閉症の診断件数は確かに増えている。その理由としては、次のような要因が考えられている。[6]

  1. 自閉症の定義が広く解釈されるようになったこと
  2. 自閉症に対する社会的関心が高まり、診断機会が増えたこと
  3. 他の診断名では十分に説明できないケースで「自閉症」という診断名が使われやすくなったこと6

これらが重なって実際の患者さんの数は同じだが、統計上の症例数が増えてきたと考えられる。次のグラフは自閉症例の数の推移を表している。25年前には150人に一人の割合であったのが2020年には36人に一人の割合と急増し、どんどん身近なものになってきている。

[アメリカでの自閉症例の推移] [7]

だから、「自閉症の症例が増えている」という事実と、「妊婦のタイレノール使用」を結びつけるのは大きな飛躍であり、実際に多くの医学機関が大統領発言に反対声明を発表している。[8] 

医学的根拠はあるのか?

ワクチンと自閉症の関連については、これまでの多くの研究で「無関係」と結論づけられてきた。今回の「タイレノール使用と自閉症の関連」についても、医学的に信頼できる根拠は見当たらない。したがって、現時点で妊婦がタイレノールを避けるべき理由はない、と複数の医療機関が明確にしている。[9],[10]

むしろ問題は、妊婦が熱や痛みを放置してしまうことである。妊娠中は心身に大きな負担がかかっているため、発熱や強い痛みを適切にコントロールしないと、母体にも胎児にもより深刻な悪影響を及ぼす可能性がある。特に高熱は胎児の脳の発達に影響を与える恐れがあり、そのため医師はアセトアミノフェンを推奨する場合が多い。[11],[12]

医師として思うこと

今回の大統領発言で医療界に衝撃が走った。ニュースやSNS、YouTubeなどでは情報が錯綜し、人々は簡単に誤った印象を受けてしまう。

私たち医療従事者にとって大切なのは、

  1. 過去の研究やデータに基づいた判断を行い、患者の健康を守ること。
  2. 新しい研究成果が次々と出てくるなかで、常に学び続け、最新の医学知識を怠らずに取り入れること。
  3. 患者さんからの信頼に応え、責任ある言動をとること。

今回の件を通して、医師として改めて自らの責任を痛感している。医学は日々進歩しているが、だからこそ正確な情報に基づいた冷静な判断ができるように毎日勉強を続けていきたいと強く思う今日この頃である。


[1] https://www.bbc.com/japanese/articles/c1dpknq45xqo

[2] https://www.whitehouse.gov/articles/2025/09/fact-evidence-suggests-link-between-acetaminophen-autism/?utm_source=

[3] https://www.goodrx.com/ibuprofen/advil-vs-tylenol?srsltid=AfmBOorHBY1CogVArBOqwYudkD8SBftg2MByeVcWqj2SJ0wbuB_8yPdw

[4] https://www.epocrates.com/

[5] https://www.fda.gov/drugs/drug-safety-and-availability/fda-recommends-avoiding-use-nsaids-pregnancy-20-weeks-or-later-because-they-can-result-low-amniotic?utm_source=

[6] https://autismsociety.org/autism-society-of-america-responds-to-new-cdc-report-on-updated-autism-prevalence-rates/?utm_source=

[7] https://www.statista.com/chart/29630/identified-prevalence-of-autism-spectrum-disorder-in-the-us/?srsltid=AfmBOoqaFvNsb1iS46FPDZAXYm-NKuliOtfHkjZ2SFfJWnwNu2l9Rklx

[8] https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2817406?utm_source=

[9] https://www.acog.org/news/news-releases/2025/09/acog-affirms-safety-benefits-acetaminophen-pregnancy?utm_source=

[10] https://www.who.int/news/item/24-09-2025-who-statement-on-autism-related-issues?utm_source=

[11] Antoun S, Ellul P, Peyre H, Rosenzwajg M, Gressens P, Klatzmann D, Delorme R. Fever during pregnancy as a risk factor for neurodevelopmental disorders: results from a systematic review and meta-analysis. Mol Autism. 2021 Sep 18;12(1):60. doi: 10.1186/s13229-021-00464-4. PMID: 34537069; PMCID: PMC8449704.

[12] https://www.smfm.org/news/smfm-statement-on-acetaminophen-use-during-pregnancy-and-autism?utm_source=