最近、とても興味深い医療訴訟の記事を読んだので、ここで紹介したいと思います。

2015年、37歳の男性が2か月ほど続く咳を主訴に、プライマリ・ケア医(家庭医)を受診しました。診察時の血圧は190/102 mmHgと非常に高値でしたが、その場では降圧薬は処方されず、急性気管支炎と診断されて、抗菌薬や咳止めなどが処方されました。その約6週間後、この患者さんは脳出血を発症し、重度の後遺障害が残りました。そして2024年、陪審は患者側に約4,000万ドル、日本円で数十億円規模という非常に高額な損害賠償を認めました。

私はこれまで、アージェント・ケア(Urgent Care)と呼ばれる、緊急性はあるものの救急外来ほどではない患者さんを診る外来で働いた経験があります。また、現在の専門分野でも、診察の際に偶然高血圧が見つかる患者さんを数多く経験しています。

しかし、現在の高血圧診療ガイドラインでは、通常、一度だけ血圧が高かったという理由だけで高血圧と診断することはありません。別の日に繰り返し測定し、高血圧が持続していることを確認してから診断するのが一般的です。この症例でも、6か月前に測定された血圧は正常範囲内だったと報告されています。そのため、この1回の高血圧だけで直ちに降圧薬を開始すべきだったのかについては、議論の余地があります。実際、この記事を書いた医師兼弁護士も、この点については疑問を呈していました。

もちろん、190/102 mmHgという値は軽視できるものではありません。再測定を行ったり、早期の再診を指示したり、家庭血圧測定を勧めたりすることは重要だったと思います。しかし、それと「その場で薬を開始しなかったことが過失である」ということは、必ずしも同じ意味ではありません。この症例は、医療ガイドラインと法的評価が必ずしも一致しないことを示しているようにも感じました。

もう一つ考えさせられたのは、損害賠償額の大きさです。

以前、弁護士の先生と話をした際に、「場合によっては、患者さんが亡くなった場合よりも、若い患者さんに重い後遺障害が残り、生涯介護が必要になった場合の方が、損害賠償額は高額になることがある」と聞いたことがあります。今回の患者さんは37歳で、その後何十年にもわたって介護が必要になると考えられています。そうすると、医療費だけではなく、介護費用、失われた収入、精神的苦痛など、生涯にわたる損害が賠償額に反映されるため、結果として非常に高額になるのです。

同じような理由で、脳性麻痺など重い後遺障害を負った小児の医療訴訟では、賠償額が非常に高額になることがあります。子どもには長い人生が残っているため、生涯にわたる介護や医療費が賠償額に含まれるからです。医師にとっては非常に厳しい現実であり、産婦人科や小児科などの医療賠償保険料が高額になる背景の一つにもなっています。

この記事で最も印象的だったのは、最後に「カルテ記載の重要性」が強調されていたことです。

この記事の著者は、この裁判では診療内容だけでなく、カルテの記載内容も医師側の防御に大きく影響した可能性があると述べています。例えば、看護師の記録と医師の記録に食い違いがある場合には、その理由を明確に記載しておくこと、異常な血圧が出た場合には再測定を行い、その結果を記録すること、さらに「2週間後に再診」「症状が悪化したらすぐ受診すること」といったフォローアップ計画を具体的にカルテへ残しておくことなどが重要だと説明していました。

私自身も診療をしていると、本来は別の理由で来院された患者さんに、偶然高血圧が見つかることがあります。しかし、その患者さんは高血圧について相談するためではなく、例えば腰痛や咳、けがなど、別の主訴で来院されています。限られた15分程度の診察時間の中で、その日の主訴に対応しながら、高血圧についても十分に説明し、生活指導を行い、将来のフォローアップまで計画することは、現実には非常に難しいことがあります。

もちろん、医師は患者さんが一番困っている問題を優先して診療します。しかし、その一方で、偶然見つかった異常所見についても適切に対応しなければならず、常に時間との戦いです。どれだけ一生懸命診療していても、後から重大な病気が起きると、その診察内容が厳しく振り返られることになります。そして、それが数十億円規模の医療訴訟につながる可能性もあるのです。

こうした訴訟が増えれば、医療賠償保険料はさらに高くなります。その結果として医療機関の運営コストが上昇し、最終的には患者さんが支払う医療費にも影響するという悪循環が生まれる可能性があります。医療訴訟は患者さんを救済する大切な制度ですが、一方で医療全体への影響についても考えなければならない問題だと思います。

もちろん、この症例の詳細は、公開されている情報だけでは十分には分かりません。裁判で提出されたすべての証拠や証言を見たわけではないので、この判決が妥当だったかどうかを判断することはできません。患者さん側と医師側では、同じ出来事でも見え方が大きく異なることは珍しくありません。

それでも、医師として学ぶべき教訓は多いと感じました。診療では、適切な医学的判断を行うことはもちろん重要です。しかし、それと同じくらい、自分が何を考え、なぜその判断をしたのか、どのようなフォローアップを予定したのかをカルテに正確に残すことも重要です。

医師は毎日膨大な情報を処理し、多くの患者さんを診療しています。忙しい中で、つい見落としや記載漏れが生じることもあるかもしれません。しかし、一見小さな記録の不足が、何年も後になって大きな医療訴訟として返ってくる可能性があります。改めて、医師という仕事は医学の知識だけではなく、記録、説明、コミュニケーションを含めた総合力が求められる職業なのだと強く感じた出来事でした。

参考記事:
[記事タイトル]$40 Million Medical Malpractice Verdict for Stroke Victim
[URL]https://www.doximity.com/articles/0a4dd9a7-8641-482b-a50a-aa46b148daab

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