病院見学の感想・石橋拓真
| 名前 | 石橋拓真 |
| 所属 | 東京大学医学部附属病院 |
| 訪問期間 | 2025年10月12日―21日 |
| ヒューストンを訪問した理由・動機 | 米国救急科レジデンシー応募に際してのUTMB救急科の見学のため |
| 滞在中に学んだこと | 初めまして。東京大学医学部附属病院2年目の研修医、石橋拓真と申します。この度、日本テキサス医学振興会(JMTX)の奨学生として採用いただき、テキサス大学医学部ガルベストン校(University of Texas Medical Branch: UTMB Galveston)の救急科にて1週間見学させていただく機会を頂戴しました。私は救急医療、病院前医療、航空宇宙医学に関心があり、2026年度のマッチサイクルにて米国の救急科レジデンシーに応募しております(2025年10月現在)。UTMBはNASAジョンソン宇宙センターにも近いことから航空宇宙医学運用の中心的存在として長年この分野を牽引してきた歴史があり、2024年度からは全米で唯一の救急/航空宇宙医学のCombined Residencyを開始しています。「救急科のバックグラウンドを持って、病院前医療/航空宇宙医学をはじめとしたLow-resource medicineに貢献する」という自分のキャリアゴールにまさに一致したこのプログラムの一端を是非とも垣間見たいと、兒子先生、福田先生はじめJMTXの先生方の多大なるご協力のもと、今回の見学を実施させていただきました。 <UTMB救急外来について> UTMBはテキサス州で16ある医学部のうち最も長い歴史を持ち、ヒューストン中心部から南東に車で1時間半ほど行ったガルベストン島に位置しています。メキシコ湾に面した同島は古くは奴隷船の主要上陸港として開発され、現在はリゾートおよびクルーズ船の停泊港として多くの観光客が訪れます。このため5万人の島内人口に対して救急外来のカバーする潜在人口はその2-3倍になることもあり、年間4万5千人が受診するレベル1外傷センターとなっています。ベッド数は最大50床(うち7床が蘇生室)、日中の常勤指導医が3名、レジデントが3-4名、PA(Physician Assistant)・NP(Nurse Practitioner)が1-2名という診療体制です。米国の救急外来ではエリアごとにチームを分けることも多くありますが、UTMBでは少しずつ異なる時間にシフトを組み、チーム分けはせずに各自が新患を適宜ピックアップするというスタイルを取っています。心肺停止・重症外傷・心筋梗塞・脳卒中といった一刻を争う症例の場合は救急車の病着前に救急外来全体にアラートが鳴り、できるだけ多くの人員が駆けつけて救急車の到着直後から蘇生室での初期対応が始まりますが、その他の症例では救急車・ウォークインともにTriage nurseによるトリアージを受けて蘇生室・ベッド・椅子・待合室の4段階で場所の振分けがなされ、その後医学生・レジデント・指導医が順に診察するという流れで診療が進んでいきます。風邪、眼・耳鼻咽喉領域の軽症例、軽微な裂創・捻挫などはPA・NPといった”Midlevel”が主に対応し、医師はより重症患者に対応するという分業体制が取られています。 <見学の実際について> 1週間の見学期間の中で、7-17時の日勤を中心に6回シフトに入らせていただきました。一般に米国の救急外来における医学生の役割は、自身でピックアップした新患の問診・身体診察(±ベッドサイドエコー)を1人で行い、それらをまとめて鑑別診断・検査プラン・治療プランとともにレジデント・指導医にプレゼンするというのが基本になりますが、UTMBではさらに学生にカルテの編集権限が与えられ、(指導医の承認条件付きで)検査・薬剤のオーダーやカルテ記載、症例によっては他科への電話コンサルトまで行っていました。学生のうち他校からのVisiting Studentは”Acting Intern”ないし”Sub-intern”と呼ばれ、救急科レジデンシーマッチングのためのオーディション的な位置付けとして毎シフトごとのパフォーマンスを上級医に評価され、それらを元にSLOE(Standardized Letter Of Evaluation)という特定の書式の推薦状を受け取るのが通常です。今回はObserverとしての参加で、カルテの閲覧権限は極めて限られていたのですが、毎シフトの初めにレジデンシーに応募中であることを伝え、Acting Internと同様に問診からプレゼンまで行わせていただきました。スピーディーに、かつ必要十分な病歴聴取と身体診察・そして簡潔かつ十分なプレゼンテーションを英語でスムーズに行うのはとても難しかったですが、とにかく数をこなすしかないというマインドセットで1シフトあたり10人を目標に積極的に症例をピックアップするよう心掛けました。重症例が蘇生室に搬送された際には必ず駆けつけ、Observerという立場上侵襲的な手技はできないながらも胸骨圧迫や体位固定・物品出し・超音波などを積極的に行いました。チームに分かれていない関係上、全ての医師がDoc boxという医師専用スペースでカルテ作業を行うスタイルとなっており、1回のシフトで複数の指導医にプレゼンテーションすることができたのはとても良い機会になりましたし、他の医学生のプレゼンテーションを聞くのも自分自身の型を磨く上で非常に勉強になりました。 <得られた学びについて> 得られた学びは数多くありますが、印象に残っているのは患者の期待値マネジメントの重要性です。「急を要する病態に適切に初期対応し、専門的治療に繋げる」のが救急外来の本来の役割ですが、米国の医療全体が近年加速度的にアクセスしづらくなっている(治療費を支払えない、かかりつけ医の予約が取れない)ことを背景に、Non-emergentなものを含めて様々なニーズを抱えた方々が救急外来を訪れるようになっています。「腰痛に処方してもらっていたフェンタニルが切れたので出してほしい」「1ヶ月前から何となく倦怠感があるがかかりつけ医の予約が取れない、ここで検査してほしい」といったような要望に対して、誠実に向き合いつつも、救急外来は緊急疾患の治療と除外が主なゴールであること、必ずしも全ての謎を解けるわけではなく、全ての症状を解決できるわけではないこと、などを丁寧に説明して納得・合意を得る必要があり、その期待値コントロールは医療者の最初の接触(=医学生の問診)から既に始まっています。日本に比べて期待値の幅が広く、患者の主張も強めで訴訟リスクも高い環境の中で、First providerとして最善を尽くしながら指導医の説明を聞いて「こういう風に言語化するのか」と気づきを得るプロセスは、代え難い学びとなりました。他科に比べ救急科は医学的問題のみならず社会的な問題に接することも多くありますが、それ故に米国社会の構造を独自の角度から見つめ、日本社会との違いを肌身で感じながら、時にその改善の一助となることのできる救急科医のやりがいの一旦を垣間見た思いがしました。 <Didacticsについて> 米国の多くの救急科プログラムでは毎週決まった曜日にDidacticsという教育目的のカンファレンスが設けられ、半日ほどかけて救急科の様々なトピックの講義やシミュレーションセッションが実施されます。UTMBでは火曜午前のDidacticsに2回参加させていただき、多くを勉強させていただきました。外部の講師を招いてのレクチャーも頻繁に開催されており、参加した回では「医療訴訟の実際と予防方法」について弁護士免許を持った救急医(!)の先生がレクチャーされていた他、過去には医療保険制度の詳説や資産運用の方法など、臨床的な内容のみならず実用的な内容も扱われているというのがとても印象的でした。またレクチャーに加えて、小グループに分かれて米国救急科専門医試験(ABEM)の口頭試験(Oral Board Cases)の練習セッションにも参加しました。試験官が口頭で症例を述べ、受験者は経過に応じて問診・身体診察・実施する検査や投与する薬剤などを口頭で述べていくというスタイルの試験です。患者をモニターにつける・酸素を投与するといったルーティンで行うようなアクションも含めて全て明言して進めなければならない他、Closed questionで積極的に聞きに行かないと教えてくれない症状や情報があったり、通常の診療では視覚的に自然と判別できる情報でも声に出して確認する必要があったりなど、時間内に症例を適切にマネジメントするのが難しい試験ではありますが、とても刺激的で楽しく学ばせていただきました。救急科のトレーニングは「日々の業務でCommonなものにとにかく慣れる」要素と「レクチャーやシミュレーションを通して、稀だがクリティカルな症例に対応できるようになる」という要素の両輪が重要であり、他科に比べてDidacticsのカリキュラムが整備されているように思いました。指導医の先生方も非常に教育熱心で、実臨床の経験やアカデミックな知見をもとにしたTipsやアドバイスを惜しみなくレジデントに伝授しており、自分のスキルを満遍なく向上させるのに理想的な環境と感じました。 <米田宇宙飛行士のウェビナー参加> ヒューストンは医療の街であるとともに宇宙の街でもあるということで、JMTXの先生方のご尽力により、米国時間10月18日(土)に米田あゆJAXA宇宙飛行士による宇宙医学ウェビナーが開催されました。奇跡的に今回の見学とタイミングが合い、理事の先生方のご厚意により質問係としてウェビナーに参加させていただく機会を頂戴しました。医師出身の宇宙飛行士として、これまでのご自身の歩みや意思決定、現在の訓練の様子や宇宙医学のトピックなど、多岐にわたる話題をとても分かりやすく解説いただき、本当に勉強になりました。オーディエンスの方々からの事前質問・および当日のZoomでの質問から代表して幾つかを米田さんにお伺いさせていただく中で、キャリア観に関するお話はとりわけ印象に残りました。「臨床医から宇宙飛行士というキャリアチェンジに際して、今まで積み上げてきたものを失う不安などはなかったか?」という質問に対し、「キャリアが変わったとしても経験が消えるわけではなく、積み上げてきたものは別の形で活き続けると思っている。そういう意味ではあまり不安や怖さなどは無かった」と迷わずご回答いただき、自分を含め新たなチャレンジに挑まれている方の背中を押す言葉を頂いたような思いがしました。そして宇宙医学の今後の展望についての質問では「現在は宇宙環境が人体に与えるネガティブな影響を克服することがメインとなっているが、将来的には宇宙に行ったからこそ得られるポジティブな効果も明らかになってくるのではないか」というコメントをいただき、とても示唆深く勉強になりました。 <Wings Over Houstonでの医療ボランティア> UTMBでできた友人にお願いし、ヒューストンのエーリントン飛行場で開催された航空祭”Wings Over Houston Airshow” (WOH)に医療ボランティアとして1日参加することができました。WOHはNASAのT-38(宇宙飛行士の訓練用練習機)、米海軍の戦闘機や輸送機に加え、米国各地の航空ファンが個人所有するヴィンテージ飛行機なども展示・飛行する大規模な航空祭で、2日間で8-10万人が訪れる大規模なイベントです。会場であるエーリントン飛行場は、NASAの宇宙飛行士がジェット機の訓練を行う場所でもあり、当日の医療ボランティアはUTMBの航空宇宙医学部門が統括するしきたりとなっています。航空宇宙医学に関心のある医学生やレジデント、UTMBの医学生、看護学生、PA学生など合計50名程度がボランティアとして参加しており、10チームに分かれてテントでの救護や会場のパトロールなどを行いました。軽症の熱疲労はテント横のバス(医療チームがチャーターした冷房車)で休んでもらい、熱中症やその他の要搬送例はMedical Directorの判断のもと、会場で待機している救急車で搬送するという運用でした。10月になって少しだけ落ち着いてきたとはいえヒューストンの日中はまだまだ蒸し暑く、32℃を超える気温になるため少しでも脱水気味そうな人、具合が悪そうな人がいればすぐに声をかけるようチームで心がけていたのですが、幸い風が継続的に吹いて比較的良好なコンディションだったためそれほど多数の熱疲労患者が出ずに済みました。今回のWOHは米政府機関の閉鎖の真っ只中だったこともあり、NASA・米空軍のショーが一律キャンセルという異例の開催となったのですが、それを埋め合わせる形で爆撃機による爆撃のデモンストレーションという例年にはないパフォーマンスが行われ、風向きの関係で破片が飛来し一人の負傷者が出るなどMass Gathering EventのMedical Controlの観点から見て非常に興味深い1日となりました。 |
| ヒューストン生活 | ヒューストン中心部のTexas Medical Centerとは少し離れたガルベストン島での10日間でしたが、とても快適に過ごすことができました。東西に細長く殆ど半島のような見た目をしている島で、島のどこに拠点を構えても海までほぼ徒歩圏内の生活になります。メキシコ湾沿いの海岸はビーチが続き、Sea Wallと呼ばれる長い遊歩道が整備されており、市街地の中心部には入植当時から残るヴィクトリア調の建築が並ぶなど、他の場所にはない景観を楽しむことができる人気の観光地です。食事としてはシーフードを使ったものが多く、牡蠣や海老などが色々なテイストの料理で提供されていました。1日を通して海風が吹いていることが多く、シフト終わりには夕焼けを見ながらビーチを散歩して気分転換、という日もありました。 米田JAXA宇宙飛行士の講演会翌日には、打ち上げも兼ねた食事会をJMTX理事の茨木先生が主催してくださいました。NASAジョンソン宇宙センター(JSC)近くのワインビストロで、JAXAフライトサージャンの伊藤先生や、同じくJMTX奨学生で同時期にMDアンダーソンがんセンターを見学されていた徳永先生、現在UTヒューストン血管外科レジデントの原田先生も合流され、とても楽しい時間を過ごすことができました。JSCはヒューストン中心部とガルベストンの中間に位置し、メキシコ湾の入江が深く入り組んで形成されたClear LakeやNassay Bayといった水辺に近い穏やかなエリアにあります。レストランも湖のすぐそばで景色が良く、NASA職員御用達とのことで入口のドアに数々の有人ミッションパッチが貼ってあるなど非常にアイコニックでした。米田先生、茨木先生、伊藤先生、徳永先生、原田先生のお話は刺激になるものばかりで、本当に貴重な機会となりました。 |
| 宿泊先 | 病院から徒歩15分程度のAirbnb |
| コメント | 自分のキャリア目標に大きく近づくことのできた、本当に実りある10日間でした。このような貴重な機会を賜ったJMTXの先生方、そしてご協力いただいたZIP AIRの方々に、心より御礼を申し上げます。 |





