―自己紹介―

五味慧莉香(ごみ・えりか)と申します。現在、UTHealth Houston McGovern Medical Schoolの4年生で、2027年に卒業予定です。将来は家庭医になることを目指しており、卒業後はヒューストンで研修医として数年間働きたいと考えています。その後、機会があれば日本へ戻り、家庭医として働き続けることができたら嬉しいです。趣味は、飼っている3匹の犬と散歩することです。

私は日本の沖縄と広島で小学校時代を過ごし、小学6年生の夏、12歳のときに米国へ渡りました。その後、College Station Middle School、Cinco Ranch High Schoolを経て、University of Texas at Austin(UT Austin)で生化学を専攻しました。現在はMcGovern Medical Schoolで医学を学んでいます。

今回は、日本から米国へ移った際の経験、米国の中学・高校生活、大学進学の準備、大学生活、そして米国で医学の道へ進んだ経験についてお話しします。学校制度や入試制度は地域や年度によって変わりますので、私個人の体験談として参考にしていただければと思います。

―12歳で日本から米国へ―

私は父が米国人ですが、日本に住んでいたころは「外国人」として扱われることが嫌で、英語をほとんど話していませんでした。そのため、中学1年生で米国へ移った時点では、英語力にあまり自信がありませんでした。渡米直後には、内容自体は簡単な理科の安全クイズでさえ、問題の英語が理解できず、30点を取ってしまったことがあります。「なんとかなる」と考える性格の私でも、最初は多くの不安を感じました。

英語を学ぶうえで大きな助けとなったのが、ESL(English as a Second Language)です。ESLは、英語を母語としない生徒が英語を学ぶためのプログラムです。参加には英語能力の審査があり、テスト結果に応じたレベルのクラスに入ります。私の場合は、1~2年ほどESLで英語力を身につけた後、現地の生徒と同じ英語クラスへ移りました。ESLの内容や参加条件は学区ごとに異なるので、例えば「○○ ISD ESL」のように検索すると、住んでいる地域の情報を調べることができます。

Duolingoや英語の本も試しましたが、私の英語力と自信を最も伸ばしてくれたのは、ESLの友人と英語で話すことでした。会話を通じて、日常的な言葉遣いや発音を自然に学べました。現在なら、SNSを英語で見ることも、実際に使われる表現や話題を知る方法になると思います。

―友人をつくる難しさ―

友人関係にも戸惑いました。米国の中学・高校では科目ごとに教室を移動し、約1時間ごとに周囲の生徒が変わるため、自然に同じ人と親しくなるのが難しく感じられました。

特に不安だったのはランチタイムです。カフェテリアは自由席で、自分から座る場所を探さなければなりません。すでにできている友人グループの中へ入るには勇気が必要でした。このときにもESLの友人たちは大きな支えになりました。同じように別の国から来て、英語や米国文化に慣れようとしている仲間とは、境遇が近いため自然に仲良くなれました。

ESLがない学校や、知り合いがいない環境では、自分から一歩を踏み出す必要があります。「Can I sit with you?」という短い一言でも、友人をつくるきっかけになります。話しかける前はとても緊張しますが、相手も意外と自然に受け入れてくれることがあります。

―文化の違いと、自分らしさ―

服装や食事にも日本との違いを感じました。日本にいたころはワンピースが好きでしたが、周囲になじもうとして前髪を伸ばし、Nikeのショートパンツを履くようになりました。母も気を遣ってくれたのか、学校へ持っていく昼食は日本のお弁当箱ではなく、サンドイッチが多くなりました。学校給食は栄養面が少し心配で、あまり食べませんでした。

振り返ると、服装や食事を周囲に合わせることは必須ではありませんでした。それでも当時の私にとっては、ランチタイムなどで感じる不安を一つ減らす方法だったのだと思います。新しい環境に順応しようとすることと、自分らしさを守ることの間で、悩むこともありました。

最近は「おにぎり」や「お弁当」も広く知られ、異文化への理解が進んでいます。「日本から来た」ということを自分の強みとして、友人をつくるきっかけにしてもよいと思います。

―米国の高校生活とGPA―

私が通ったCinco Ranch High Schoolでは、大学進学に向けてGPAを高く保つことが非常に重要でした。私の学区では、通常科目は4.0、Pre-APやAPなど難度の高い科目は5.0のスケールで計算されました。つまり、5.0スケールの授業をできるだけ多く履修し、その中でAを取ることが、GPAやクラスランクを上げる鍵になります。

私は9年生のとき、この仕組みを理解しておらず、4.0科目を余分に取り、不利なスタートになりました。そこで10年生以降は5.0科目を増やし、さらに夏休みに4.0の必修数学を履修して、通常学期の時間割に空きをつくりました。

もちろん、難しい授業を選ぶだけでは5.0を得られません。Aを取るために、授業ではノートを丁寧に取り、夕方には毎日2~3時間ほど勉強しました。現地校の学習を優先した結果、補習校の宿題を金曜日の夜や、土曜日の朝に向かう車の中で終わらせることもありました。この経験から、米国の高校では制度を早めに理解し、自分の目標に合わせて事前に計画することがとても大切だと感じています。

―課外活動と大学進学準備―

私は勉強を中心にしていたため、現地校のスポーツには参加せず、週1回の補習校のソフトボールを続けました。学校ではHOSAやNutrition Clubなど、一度に1~2個のクラブへ参加しました。HOSAではCPRの競技で州大会にも進みました。また、夏休みにはTexas Children’s Hospitalでのボランティアや、Miller Career Centerの医療インターンシップなどに取り組みました。

周囲には多くの活動を掛け持ちする生徒もいました。私の活動数は多くありませんでしたが、一つの活動を3~4年続け、継続力を強みにしました。日本語補習校に長く通ったことも、大学出願で高く評価されました。

SATでは英語が弱点だったため、11年生の初めごろからPrinceton Reviewの教材を使って勉強し、夏には約1か月の個別コースにも通いました。塾や家庭教師の時間が合わない場合でも、自分で練習問題を数多く解いて準備している生徒はいました。大学出願のエッセイは、身近な英語の得意な大人や、高校の英語の先生に読んでもらうことをおすすめします。内容だけでなく、読み手に伝わる表現になっているかを第三者に確認してもらうことが役立ちます。

―日本か米国か、大学をどう選んだか―

私は11年生の冬ごろまで日本と米国の大学で迷い、上智大学のオープンキャンパスにも参加しました。最終的には、GPAを生かせることと幅広い課外活動に魅力を感じ、米国に残ることを決めました。高校で理科を英語で学んできたことも理由の一つでした。

高校で理科を学ぶうちに、科学を使って人の健康に貢献できる仕事に惹かれ、医学を目指すようになりました。大学では、病気の仕組みをよりよく理解するために、生物学を分子や原子に近いレベルから深く学びたいと考え、生化学を専攻しました。

大学としてUT Austinを選んだ理由には、当時、学年上位7%に対する自動合格制度があったこと、州内学生として学費を抑えられることがありました。また、テキサス州には医学校が多く、州独自の出願システムもあります。米国で医学を目指す私にとって、テキサスの大学へ進学することには大きな利点がありました。

―忙しかったUT Austinでの大学生活―

UT Austinでは生化学を専攻し、BusinessとDisability Studiesを副専攻としました。医学校を目指して成績を維持しながら、アルバイト3つ、サークル、ボランティアなど約5つの活動を同時に行い、時間管理には苦労しました。

特にやってよかったのは、早稲田大学での夏季研究と、女子学生の社交サークルへの参加です。夏休みに日本へ帰りたい一方で、その時間を将来につながる有意義な経験にもしたいと思い、自分から早稲田大学の教授へ連絡して研究参加をお願いしました。その結果、特別に研究室へ加えていただくことができました。興味のある機会が用意されていなくても、自分から相談することで道が開ける場合があります。

大学では一人暮らしにも挑戦しました。料理や家事は大変でしたが、自立する楽しさも感じました。同時に、家事を教え、離れてからも静かに見守り、帰れる場所を用意してくれた家族への感謝が強くなりました。

―米国で医学を学ぶということ―

米国では、まず4年制大学を卒業してから医学校へ進みます。医学校の1~2年生では医学の基礎科目や人体解剖を学び、3~4年生では臨床実習を行います。私が学ぶTexas Medical Centerには多くの医療施設が集まっており、まれな疾患に接する機会があります。また、非常に多様な背景を持つ患者さんを診療するため、人種や肌の色などによって症状の見え方が異なることも学べます。

米国では大学で医学を専攻する必要はなく、同級生には英語を専攻していた人もいます。18歳で進路を決めきらず、医学以外も学びたい人には米国の制度が合うかもしれません。一方で、選択肢の広さを不安と感じる人もいると思います。

日本では早く医学教育に入り、医師になるまでの学生期間も短い一方、18歳での入試の重要性が大きくなります。医学への強い意思があり、日本で医師として働きたい人には適した選択だと思います。

また、医療に関わる道は医師だけではありません。看護師、PA(Physician Assistant)、NP(Nurse Practitioner)、PT・OT、薬剤師、放射線技師など、さまざまな職種があります。「人の健康に関わりたい」と思ったときに、どの役割が自分の興味や得意なことに合うのか、広く調べてみることをおすすめします。

―進路は後から変えてもよい―

補習校の卒業生たちの進路を見ても、選択肢は一つではありません。日本の大学と企業を経験してから米国へ戻った人、UT Austin卒業後に日本で働く人、日本の大学卒業後に米国へ戻り放射線技師を目指す人、さらに欧州の大学院を目指す人もいます。

米国の大学では、二つの分野を本格的に学ぶDouble Majorや、主専攻に別分野の学習を加えるMinorという選択もできます。例えばPoliticsとEconomics、BiologyとBusinessなど、文系・理系を越えた組み合わせも可能です。国や専攻、仕事を一度選んだからといって、その道から動けなくなるわけではありません。自分の関心や生活の変化に応じて、後から進路を変えることもできます。

―補習校と学生時代を振り返って―

補習校で長く学んだことは、大学入試でも継続力として評価されました。しかし、補習校から得たものは入試上の利点だけではありません。卒業後も続く友人関係ができ、世界のさまざまな場所で異なる仕事をしている同級生の話を聞けることは、とても楽しいことです。私自身、補習校の同級生と結婚しました。可能であれば、補習校での学びとつながりを大切にし、続けてみてほしいと思います。

学生時代には、悩みを一人で抱えがちです。しかし、年上の人や先生、家族に助けを求めることは弱さではありません。自分だけでは分からない制度や進路について、大人の経験を借りることで見える道があります。私も振り返ると、もっと周囲の大人を頼ってよかったと思います。

また、進学やキャリアの準備に忙しくても、大切な人との連絡を忘れないでください。人はいつ健康を崩すか分かりません。私は、親や祖父母へもっと連絡をしておけばよかったと後悔しています。成績や経歴は大切ですが、自分を支えてくれる人との時間やつながりも、同じように大切です。

―中高生の皆さんへ―

今の社会には多くの可能性があり、環境も自分自身も変化していきます。その中で進路を選ぶためには、まず自分を知ることが大切です。何をしている時間が好きなのか、何が得意なのか、インターネットで目にした話題の中で何に一番興味が湧くのかを、少しずつ考えてみてください。

「もっと知りたい」と思うものが見つかったら、調べてみましょう。情報の信頼性には注意が必要ですが、SNSでさまざまな人の経験談を探すこともできます。身近な大人に話を聞くことも大きな助けになります。一日で自分を理解することはできませんし、今決めたことが将来変わっても問題ありません。

自分と地道に向き合い、ときには休みながら、少しずつ自分の軸をつくっていく。その軸が、大学や仕事、住む国など、これからの人生で選択をするときの助けになると思います。社会は可能性と変化にあふれています。出会いを大切にし、周囲の人を頼りながら、自分に合う道を探してみてください。

五味 慧莉香