11. 手術と麻酔について

1. 総論

手術というと、どんなに小さな手術であっても不安を感じることでしょう。ましてそれが日本ではなく、言葉や習慣も良くわからないアメリカでとなると、恐ろしくなるのは当たり前だと思います。それから、”手術そのものよりも、麻酔をかけられることのほうが怖い”ということをよく耳にします。新聞で麻酔事故の記事を読んだり、麻酔が十分効かずにもし手術中に起きたらどうしよう等と想像することで、いっそう不安が増していくものです。そこでこの章の目的は、手術と麻酔に関した情報を提供することによって、そういった不安をできるだけ軽減することです。

1-1 日本と米国の手術と麻酔の違い

行う手術の内容にも寄りますが、概ね米国の手術と麻酔はどんな背景の人に対しても等しく提供できるよう高度にシステム化されています。そのため、手術を受けるまでの流れはスムーズに進むことが多いと思います。術後の入院日数はどの手術でも日本に比べて短い傾向があります。例えば胃癌の手術は日本で1週間〜10日程度は入院することが多いですが、米国では3、4日で退院になります。また、手術と聞くとどうしても痛みを連想しますが、日本に比べると手術前の検査や、術後の回復過程で鎮痛をしっかり行うことが多いです。 また、手術の費用面も大きく異なるため注意が必要です。お持ちの保険が適応された上で概算いくらぐらいの費用がかかるのかを事前に確認されてください。大抵の医療機関には医療費関連の担当部署が設置さているため、対応してくれると思います。

1-2 日帰り手術と入院

日本では少なくとも数日入院するような手術(例えば腹腔鏡下胆嚢摘出術など)が日帰りで行われていること多いです。早期の社会復帰を目指すマインドが国全体であります。麻酔をした上で内視鏡検査を受けたことがある方がいらっしゃると思いますが、その延長で手術を行うイメージです。   入院する場合も、日本では全身麻酔を要する手術は基本的に手術の前日に入院することが多いですが、米国では大抵の手術は(癌の手術など長時間に及ぶ手術であっても)当日入院で行うことが多いです。そのため、執刀開始時刻が朝の場合、患者さんは早朝から来院されることが多いです。

1-3 手術の必要性を理解してから受ける

昔、日本ではかかりつけの外科医が”切れと言ったので手術をした”とよく聞いたものでした。アメリカでは外科医が単独ですべての判断を下して手術を行なうということはありません。まず、その背景としてインフォームド・コンセント(説明と同意)ということが原則になっているからです。外科医は患者の病態と治療方針を説明し、その情報をもとに、患者自身が十分に納得の上、自らの意志で最終決断を下すということです。近頃はインターネットで医学情報の検索が簡単にできたり、病院や医師の情報を簡単に得られるようになったことで、自分で判断することがより容易になりました。それから、他の医師の説明が聞きたい場合にはセカンド・オピニオンを求めることもできます。手術の必要性、内容、術後の回復の見込み等は非常に気になることと思います。場合によっては翻訳サービスなどを利用して、しっかりと術前の不安を無くしてから手術に臨むことが重要です。遠慮せずに繰り返し質問しもて問題ありません。

1-4 麻酔の必要性

麻酔とは何でしょうか?

麻酔とは人間の身体を手術が可能な状態におくことです.もしも麻酔なしに手術をしようとすると、とてもその痛みには耐えられません。と言っても、麻酔はただ単に痛みを感じない無意識の状態に身体をおくことではありません。無意識でも手術は身体にストレスを与え、異常に血圧を上げたり、あるいは逆に血圧を下げたりします。その場合、有害な反射が起こりやすくなり、適当な処置を行なわないと、心拍数が異常に増えたり、あるいは減ったりし、ひどくなると心臓が止まることもあります。また、手術の種類によって、例えば、腹の手術の場合は筋肉が硬いと手術が困難なので、筋弛緩薬を使用して筋肉を柔らかくします。その場合は呼吸筋も緩んでしまい、呼吸が止まってしまうので、人工呼吸が必要になります。そこで、麻酔科医が患者の気管に管を入れて(気管内挿管)、この管を通して肺に酸素や空気を送り込んで呼吸をさせます。このように、麻酔とは手術の痛みを取るだけではなく、血圧、脈拍、呼吸、体温、尿量などの生理状態を適正に維持し、安全に手術ができるようにすることなのです。

麻酔科医は手術の何日も前から患者を診察し、生理状態が手術の際に最適であるように調整します。また患者と手術に一番適した麻酔方法を話し合います。また、麻酔科医は手術中の痛みだけでなく、手術後の痛みを取り除くよう麻酔薬や鎮痛薬を投与します。手術後、安全に病室に行けるように、患者の呼吸、血圧、心拍数の安定や意識の回復を確認するのも麻酔科医の仕事です。

1-5 全身麻酔と局所麻酔のどちらがいいのか?

全身麻酔の長所として、手術中患者には意識はありませんので痛みも恐怖感もありません。また麻酔科医による患者の血圧や呼吸の管理が容易な麻酔法です。欠点としては、全身麻酔は身体すべてに負担がかかりますからそれだけリスクが大きくなります。また麻酔中は人工呼吸のための管がのどに入っているので、手術の後にのどが痛くなることがあります。さらに麻酔から覚めても眠気や不快感が残ることがしばしばあります。ただし、前にも述べましたように、局所麻酔と全身麻酔を併用することで、手術の後の痛みもなく不快感が残ることも少なくなりました。

局所麻酔だけ、つまり全身麻酔を併用しない場合は、外科医が予め手術する部位に局所麻酔薬を注射したり、麻酔科医が脊椎麻酔、硬膜外麻酔あるいは末梢神経ブロック等を行なってから手術を行ないます。手術中は患者には意識がありますから、手術の音が聞こえたり見えたりするので怖いということがあるかもしれません。長所としては全身的にかかる負担が 少ないのでより安全であるということ、また回復の時間が早いことがあるでしょう。では、全身麻酔と局所麻酔のどちらがいいのというのは、手術をする場所や、範囲によります。例えば、心臓や腹部の広い範囲の手術などの場合は全身麻酔が不可欠と言えるでしょう。

2. 各論

2-1 術前の流れについて

当日入院のことが多いです。手術前日何時から飲食が禁止、どの内服薬を飲むべきか等、必ず事前に説明がありますので確認しておいてください。病院到着後、本人確認や同意書のチェックを受け、手術室に向かいます。

2-2 術後の経過と外来でのフォローアップ

先程も述べました通り、術後の在院日数は日本に比べてどの手術においても短い傾向があります。そのため、術後経過が良ければ早期に退院し、退院後は主治医の指示に従いながら各家庭で術後のリハビリを行いつつ社会復帰を目指すことになります。例えば消化管の手術であれば食事の開始や食形態の変更等を術後の外来で行っていくパターンが多いです。この違いが生まれた背景には日米の医療制度が影響していると思います。米国では入院1日あたりの医療費が高額であるため、1日でも早く退院をご希望される患者さんが多いです。術後の外来でのフォローアップに関しては手術の原因となった疾患によって変わります。術後1回のみ様子をみて終診となることもあれば、継続的にフォローが必要なこともあります。必要なフォローの内容によっては近くのクリニックなどでフォローされることもあります。

2-3 麻酔の細かな種類

麻酔には全身麻酔と局所麻酔(浸潤麻酔・脊椎麻酔・硬膜外麻酔)があり、目的や身体の状態により選択されます。

全身麻酔:全身に効果を及ぼし、意識がなくなる麻酔。通常は鎮痛・鎮静・筋弛緩の3つを得る麻酔です。どの部分の手術にも対応可能な麻酔です。全身麻酔で用いられる麻酔薬には呼吸と共に吸入する吸入麻酔薬、静脈から注入する静脈麻酔薬などがあります。麻酔をかけられるとまず意識がなくなり、やがて自発呼吸も止まります。麻酔医によって気管内挿管され、人工呼吸器に接続されます。手術中は継続的に薬剤が投与され、麻酔が維持されます。

局所麻酔:体のある部分のみに効く麻酔です。痛みを脳へ伝える神経を途中で遮断する薬剤(局所麻酔薬)をもちいて、手術をする部分の痛みを感じなくします。目的の部位に直接麻酔薬を注射する(浸潤麻酔)こともあれば、目的の部位を支配する神経に麻酔薬を効かせる(伝達麻酔)こともあります。局所麻酔は痛みを取るので、それだけで覚醒したまま小さな手術ができますが、全身麻酔を組み合わせたり、鎮静剤を用いて軽い眠りの中で手術をすることもあります。

脊椎麻酔と硬膜外麻酔 

脊椎麻酔と硬膜外麻酔は,背骨(脊柱)の中を走っている脊髄という太い神経のまわりに局所麻酔薬を入れて,手術部位の痛みをとる方法です。これらの違いをもう少し詳しく見てみましょう。

脊椎麻酔:脊髄は脊柱の中でさらに硬膜およびクモ膜という膜に包まれて保護され,その中から神経の枝を身体中に伸ばしています。脊髄とクモ膜の間にはクモ膜下腔と呼ばれる脊髄液が入っている場所があります。背骨と背骨の間から細い注射針でクモ膜下腔に局所麻酔薬を注入し,脊髄からでる神経を一時的にしびれさせる方法です。

硬膜外麻酔は,脊椎麻酔よりはもうすこし浅い所にある脊髄をおおっている硬膜という膜の外側に麻酔薬を注入し,神経を一時的にしびれさせます。持続硬膜外麻酔は、背中から細い管を硬膜の外側に入れ、局所麻酔薬を持続的、あるいは断続的に注入する方法です。手術前や手術後もその管から麻酔薬を注入できるので、手術中および手術後の鎮痛に大きな威力を発揮します。産科では無痛分娩で用います。おへそから下の疾患(婦人科疾患、泌尿器科手術、虫垂炎、下肢の骨折)の手術には硬膜外麻酔や脊椎麻酔がよくもちいられます。

末梢神経ブロック: 末梢神経ブロックとは、細い針を手術部位の痛みを伝達する神経のすぐ近くに刺し、局所麻酔薬を注入して神経の興奮伝導を遮断(ブロック)する麻酔法です。神経の名称により、上腕神経叢ブロック, 坐骨神経ブロック, 大腿神経ブロックなどがあります。肩、手足など手術で、全身麻酔と併用して使われることがあります。全身麻酔に併用した末梢神経ブロックはいくつかの手術において、著しい鎮痛効果を示すので、全身麻酔に要する麻酔薬の量を減らすことができ、その副作用を減少させることができます。しかも持続的に局所麻酔薬を注入して末梢神経をブロックできるので、術後に患者自身が自動ポンプ(PCA: Patient Control Analgesia)で必要量をコントロールしながら効果的に鎮痛ができます。また、末梢神経ブロックが中枢神経ブロック(硬膜外、脊髄麻酔)より優れている点は限定された範囲だけの鎮痛効果があるので、排尿障害、循環動態の変化といった合併症が少なくなることです。

<最終更新日:1/2023 平田先生・生駒成彦>

<初稿投稿:麻酔専門医 出雲先生>

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