13. 精神科診療について

1. 総論

転勤、留学、国際結婚などの様々な理由で毎年数多くの日本人が米国にやってきますが、そのうちの多くの方々が異国での慣れない生活、新しい仕事や学校への不適応、文化や言葉の壁、日本の家族や友人との離別など様々なストレスにさらされています。強いストレスは様々な精神疾患の発症の引き金になるため、渡米を機に何らかの心の不調をきたすことも多く、精神科的な治療、介入を必要とする在米邦人の方々は少なくありません。日本で精神科(日本では受診への抵抗感をやわらげるために心療内科と標榜している場合もあります)というとまだまだ暗い、怖いイメージを持たれる方も多いと思います。実際、在留邦人の間でも精神医学、精神疾患に対する羞恥心、偏見が強く、助けが必要な方々の多くが適切な治療を受けられていません。   米国では精神科医療、特に外来診療が非常に発達しており、日本とは比べ物にならない程多様なサービスを利用することができます。米国の精神科は、一般内科や家庭医療科、小児科などと同様、誰でも気軽に受診する一般的な診療科の一つと位置づけられています。精神科医の数が日本よりはるかに多いだけでなく、セラピストと呼ばれるサイコセラピー(心理療法)を行う資格を持った専門家も数多くおり、様々な種類のサイコセラピーが発達しています。米国人の多くがかかりつけの精神科医やセラピストを持っており、精神科受診に抵抗感を示す人はあまり多くありません。また、米国の精神科医やセラピストは患者さんに威圧感を与えないよう白衣を着ずに私服で診療を行っているだけでなく、患者さんのこともpatient(患者)ではなくclient(顧客)と呼ぶなど、患者さんが病気で診療を受けているという抵抗感を持たずに気軽に受診することができるような配慮がなされています。

2. 各論

2-1) 心の病とは

精神疾患の診断に関しては、アメリカ精神医学会発行のDiagnostic and

Statistical Manual of Mental Disorders, 5th Edition (DSM-5) または世界保健機関発行のInternational Classification of Diseases and Related Health Problems, 10th Edition (ICD-10)を基準としています。ここではよくある症状、疾患について紹介します。

(1)うつ病 (Major Depressive Disorder)

心の風邪とも言われるうつ病。誰でもなりうる疾患です。単にDepressionという言葉を使い、“I have depression” と言ったり、“I am depressed”と表現すれば、やる気が起きず、気持ちが沈んでいるということを伝えることができます。気持ちの沈みの他にも、急な食欲の増減、朝起きられない、夜眠れない、強い自己否定の気持ち、思考能力の著しい減退、行動力や興味の減退、命を絶ちたいという衝動にかられる、などもうつ病の症状です。このような様々な症状が5つ以上2週間以上続く場合は、うつ病の可能性があるので、かかりつけの医師、または精神科医やカウンセラーに相談することをお勧めします。

(2)双極性障害・躁うつ病 (Bipolar Disorder)

上記のうつ病による気分の落ち込みに加えて、躁状態の気分が極端に高揚した症状が出るのが躁うつ病です。躁状態の時は、通常よりも強い自己肯定感、極端な行動力の増進、おしゃべりが止まらない、決断力が弱まり不必要な衝動買いや危険な行動、少ない睡眠時間でも全く支障のないようなハイパーな状態が続きます。しかし、うつ症状も出てくるので、気分や行動の振れ幅が非常に大きく精神的に不安定となります。躁状態の症状は、軽度のうちはそれほど気にならない症状、あるいはご自分にとって好都合と考えてしまうこともあるかもしれませんが、治療せずにいると症状が進み危険な状態になりますので早めの受診をお勧めします。

(3)不安障害 (Anxiety Disorder)

入学試験を受ける、大勢の前でスピーチする、初めて誰かに会いに行く、などの時に、私たちは程度の差こそあれ、不安を感じるものでそれは全く普通のことです。しかし、不安が強く、日常生活に支障が出てしまう場合は不安障害と診断されます。不安障害はいくつかに分類されていますが主な診断名は以下の通りです。

  • 分離不安障害 (Separation Anxiety Disorder)は愛着のある人物から離れることの必要以上の恐怖や心配、それに伴う身体的症状(頭痛や吐き気など)が現れます。
  • 選択性緘黙 (Selective Mutism)は言語能力には問題ないのにも関わらず、ある一定の場所で言葉を発することができない症状です。子供に多いです。
  • 限局性恐怖症 (Specific Phobia)はある一定の対象または状況(飛行機に乗ること、高所、動物、注射を受けるなど)に対し著しい恐怖感を感じる症状です。
  • 社交不安障害 (Social Anxiety Disorder) は他者との関わりに対し強い恐怖、不安を感じ、そのような状況を回避しようとする症状です。
  • パニック障害 (Panic Disorder) は予期できないパニック発作(Panic Attack:動悸、発汗、息切れ、震え、窒息感、めまい感、嘔吐感など)を繰り返し経験し、さらなるパニック発作の心配に苛まれる症状です。
  • 全般性不安障害 (Generalized Anxiety Disorder) 上記に記したような特定の対象がなく、様々なことに不安や恐怖を抱く症状です。

(4)心的外傷後ストレス障害(PTSD: Post-Traumatic Stress Disorder)

心に大きな傷を負う経験(自然災害、身体的・精神的・性虐待、交通事故、戦争、テロに巻き込まれる、暴力・殺人を目撃するなど)をしたり、そのような恐ろしい体験をした話を聞くことがきっかけとなります。症状としては、トラウマとなった出来事のフラッシュバックや夢を見たり、その出来事を思い起こさせる人や出来事、場所などの回避、「私が悪い」「誰も信用できない」などの否定的な思考変化、過剰な警戒心や驚愕反応などがあります。PTSDを発症すると、他の疾患、例えばうつ病や依存症の同時発症も珍しくありません。

(5)依存症(Addictions)

依存症のエクスパートであるDr. Gabor Matéは、依存症は誰でもなりうる病気であり、その治療には慈愛に満ちたアプローチが不可欠であると訴えています。日本ではアメリカとは異なり違法ドラッグが手に入りづらいため、著名人がドラッグ使用で逮捕されるたびに血祭りにあげられますが、そんな我々は彼らを非難するほど清廉潔白なのでしょうか。依存症は違法ドラッグの使用だけに限った問題ではなく、もっと身近な疾患です。例えば、アルコールの場合、診断基準によれば 「アルコールを意図していたよりもしばしば大量に、または長期間にわたって使用する」、「アルコールの使用を減量または制限することに対する持続的な欲求または努力の不成功がある」ことを12ヶ月以内で経験し、生活に支障を来たしたり、苦痛を感じていればアルコール使用障害(いわゆるアルコール依存症)と診断されます。

その他にも、タバコ、カフェインのような嗜好品、鎮痛薬、鎮静薬、睡眠薬、咳止め薬、精神刺激薬などの薬に依存していることもあるかもしれません。処方される睡眠薬や痛み止めには非常に依存性が高い物があり、知らない間に依存状態になっている方も多くいます。処方薬だけでなく、市販薬にも乱用、依存を引き起こす物があります。例えば、薬局で処方箋がなくても買える咳止め薬には多量に服用すると幻覚を引き起こす作用のあるdextromethorphanが含まれていることがあり、多くのティーンエイジャーが乱用し、依存状態となっていることが問題になっています。また、薬だけでなく、ギャンブル、買い物、ゲーム、インターネットなどに依存状態に陥っているケースも見受けられます。心当たりのある方は、ぜひ専門家に相談してみてください。ヒューストンにはたくさんの治療センターがありますので、日本よりも治療の選択肢が豊富です。

(6)発達障害 (Neurodevelopmental Disorders)

最近は日本のメディアでも多く報じられるようになった発達障害ですが、大人になってから診断名がついて生きづらかった理由がはっきりしてホッとされたという方も少なからずいらっしゃるようです。主な診断名は下記の通りです。

  • 知的発達障害 (Intellectual Disability) は概念的領域(学習能力など)、社会的領域(他者とのコミュニケーションなど)、実用的領域(自身の身支度など)において能力の欠如が認められた場合。
  • 自閉症スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder) は社会的コミュニケーション力の欠如(同年齢のお子さんと全く遊ばないなど)と限定的な行動や興味のこだわり(独特な言い回しや柔軟性に欠け、毎日全く同じルーティンをこなさないと次の行動へ移れないなど)がある場合。
  • 注意欠如・多動症(ADHD: Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)は不注意に関しては注意持続困難や、時間管理や整理整頓の不得手、多動に関してはじっとしていられない、話を最後まで聞けない、順番が待てない、などの症状があります。
  • 限局性学習障害 (Specific Learning Disorder) は特定の学習能力が欠如している場合です。Dyslexiaは字を読むことが困難である症状、 Dysgraphia は字を書くことが困難である症状、Dyscalculiaは数学能力が著しく低い症状です。

(7)認知症(Neurocognitive Disorders)

認知症は通常の老齢化の一部ではなく、記憶、判断、言語、その他様々な行動機能に異常をきたします。発症当初はゆっくり機能低下が進んでいきます。日常生活に支障をもたらす記憶の消失や、計画・問題解決の困難、以前は慣れていた作業の困難、時間や場所の混乱、物の置き忘れ、気分や性格の変化などの症状が現れます。認知症は、アルツハイマー型が全体のほぼ半数を占めますが、そのほかにレビー小体型、血管性型が代表的です。また、様々な体の病気が認知症の原因になることもあります。ご家族やご友人の変化を感じられた時は、医師へ相談することをお勧めします。下記のウェブサイトもご参照ください。

(8)ドメスティックバイオレンス (Domestic Violence)

精神疾患としてDVがあるわけではありませんが、DVにより精神疾患を発症することは少なくありませんので、少し説明させていただきます。DVと聞くと、身体的暴力を受けている場合のみと考えがちですが、精神的虐待を受けている時もDVであることには変わりありません。パートナーに「役立たず」「どうしてそんな簡単なこともできないの?生きている意味あんの?」「誰もお前のことなんか信じるわけない」などの暴言や十分な生活費を渡されない、行動を全て監視されている、などの場合はお気をつけください。また、お子さんへのしつけの名目での身体的・精神的虐待や育児放棄も許されない行為です。ご自分だけでなく、身近な人がそのような被害に遭われている場合は、下記の連絡先に速やかにご連絡してください。

(9)小さなお子さんのケア

なかなか言葉を発しない2歳のお子さん、構ってもらわなくても、なんとも思っていないような3歳のお子さん、同年齢のお子さんに全く興味を持たない4歳のお子さん、など、少しでもご自分のお子さんに不安を感じられた場合は、まずかかりつけの小児科医に相談することをお勧めします。小さなお子さんには月齢・年齢によって達しているべき発達マイルストーンが目安としてあります。そこに多くの項目で達していない場合は、早期検査、発見することにより、対処できることもたくさんあります。

例えば、言葉の遅れがある場合はSpeech Therapy(スピーチ・セラピー)、 Fine Motor Skills(細かい運動スキル:鉛筆で絵や字を書く、ボタンを締めるなど)/Gross Motor Skills(粗大運動スキル:歩く、ジャンプするなど) に問題があったり、肌触り(身に着ける洋服の素材)や足の感覚(外で裸足になれない)の敏感性が気になる時はOccupational Therapy(作業療法)、同年代のお子さんと遊べるようにしたい場合は Play Therapy(プレイ・セラピー)など、様々な療育方法があります。このようなセラピーを受けたい場合は、小児科医も情報を持っているかもしれませんが、より専門的な情報やネットワークに精通しているのは小児心理学者(Child Psychologist)、子供に特化しているカウンセラーやソーシャル・ワーカーです。

2-2) 精神科医・セラピストの受診のしかた

精神科では言葉の壁、文化の違いが診療に非常に大きな影響を及ぼします。精神科は他の科と異なり、血液検査、画像検査、身体診察に頼ることがほとんどできず、対話によるコミュニケーションのみで診療を進めなくてはならないからです。言葉の微妙なニュアンスだけでなく、表情や態度、仕草など非言語的なコミュニュケーションまでもが診療にとって重要な情報になります。英語がかなり堪能で、英語での学業や仕事に全く不自由を感じていない人でも、精神科の診療の中で自分の気持ちや考え、症状を英語で精神科医にうまく伝えるのは簡単なことではありません。また、日本の文化では正常とされている考えや行動も、米国文化の文脈では異常とみなされてしまうことや、その逆もあります。さらに、精神症状、心の悩みについての表現の仕方は文化や民族によって大きく異なるため、欧米人の精神科医を受診した場合に、日本人特有の心の悩みやその表現の仕方が正しく理解してもらえない可能性があります。そのため、可能であれば日本人の精神科医、セラピストによる受診をお勧めします。

なお、精神科医やセラピストには厳しい守秘義務が課されており、自分や他人に著しい危害を加える恐れ(自殺しようとしている、特定の個人に対し明確な殺意を表明している、現在児童虐待を行っているなど)が差し迫っていない限り、診察中に伺った情報を患者さんの同意なく第三者に漏らすことは固く禁じられています。違法薬物の使用、過去・現在の犯罪行為、ビザ切れに伴う不法滞在などの違法行為を把握しても、精神科医が警察などの関係機関に報告することは一切ありません。

初診で必要な情報を聴取した後に、患者さんに最適と思われる治療方針を提案します。薬の内服が必要と判断した場合には、精神科医が薬を処方します。サイコセラピーは精神科医が行うこともありますが、医師資格以外の資格を有するセラピストが行う場合も多いです。医師資格を持たないセラピストは薬の処方ができないため、セラピストがサイコセラピーを行う場合に薬の処方が必要な際には、精神科医とセラピストの両方を平行して受診することになります。

薬の処方のみで状態が安定している場合、精神科医による再診は月1回、15分から30分程度の診察が一般的です。しかし、新しい薬を始めた場合、もしくは具合が悪く状態が不安定な場合は、より頻繁に受診が必要になります。サイコセラピーは1回45分から1時間程度、最低週1回が基本です。患者さんの状態やサイコセラピーの内容によっては、週2回以上のセラピーが必要になる場合もあります。セラピーの種類によっては数ヶ月の短期間で終了するものもありますが、多くの場合年単位での継続が必要です。

2-3) 緊急時の対応の仕方

精神科の緊急事態には以下のような状態が挙げられます。

  • 自殺願望、自殺企図、自傷行為(死にたいという気持ちや衝動にとらわれている、自分を傷つける行為を行うなど)
  • 極度の興奮状態(暴れていたり泣き叫んでいて手が付けられない、他人に危害を加える恐れがあるなど)
  • 行動、言動の異常(幻覚、妄想、そう状態、混乱状態などのため不可解な常軌を逸脱した行動をしており、社会生活に著しい支障が生じている場合)
  • 重度のうつ状態などで、本人の生命、健康に著しい危険が及んでいる場合(食事もとれず衰弱しているなど)

 一般の精神科外来は基本的に予約制であり、飛び込みで一般外来の精神科医やセラピストに診察をしてもらうことはできません。かかりつけの精神科医、セラピストがいる場合にはすぐに連絡して指示を仰ぐ必要があります。かかりつけの精神科医やセラピストがいない場合や、すぐに連絡がとれない場合には、911に通報するのが最善です。もし判断に迷う場合は、下記の24時間対応の自殺防止ホットライン、またはお住いの地域の所轄のメンタルヘルスホットラインに相談し、指示を仰ぐこともできます。

https://suicidepreventionlifeline.org

https://hhs.texas.gov/services/mental-health-substance-use/mental-health-crisis-services

2-4) 役立つ情報

  • Houston Area Women’s Center (https://hawc.org) ヒューストン・モントローズ地区にあるDVと性的虐待被害者のための施設です。ホットライン(24時間)713-528-2121
  • Texas Department of Family and Protective Services (https://www.txabusehotline.org) ウェブサイトから児童虐待・育児放棄に限らず、65歳以上の方や障害のある方への虐待をリポートできます。状況が緊急の場合はホットラインへ電話 1-800-252-5400
  • DePelchin Children’s Center (https://www.depelchin.org) ハリス、フォートベンド、ウォラーカウンティ在住の3歳―18歳までのお子さんとそのご家族にカウンセリングを提供しています。713-864-2582
  • Crisis Hotline (https://www.crisishotline.org) トラウマや自殺願望について電話・テキストで24時間相談できます。ホットライン832-416-1177 ティーンエイジャー専用ホットライン 832-416-1199, Text 281-201-4430

3)日本人に診てもらえる医療機関

小島 理絵, Kojima Angeli Rie

臨床心理士

https://openpathcollective.org/clinicians/rie-kojima-angeli/

松木 隆志, Matsuki Takashi, 精神科医

ニューヨークにて開業・遠隔診療可能

https://www.takashimatsukimd.com/

<最終更新日:12/2022>