16. 感染症診療について

1. 総論

感染症科という言葉は、今では新型コロナウィルスによりお聞きになった方も多くいらっしゃると思いますが、一般の方には あまり馴染みのない専門科かと思います。医学の歴史は感染症との戦いとの歴史と言っても良いほど感染症の歴史は長いのですが、医療が解剖的な臓器を元にした枠組み (例えば、呼吸器科や腎臓内科など)で発展したということもあり、臓器を横断的に診る感染症科は馴染みがないかと思います。

さらに、医療の進歩やHIV・AIDSなどにより、一般の医師があまり診ることのない日和見感染症や、Global社会の発展により、寄生虫や輸入感染症などを診る機会も増えたために、コロナウィルスも含めて、感染症科の重要性は今後も増していくと考えられます。

一般的に感染症科と言っても、その分野はとても広く細菌検査室などのラボをメインとした検査室専門の医師や、私たちのように患者を主に診て治療を施す臨床感染症、公衆衛生や病院内でのOutbreakなどに対応するようなEpidemiologist(疫学者)などに分かれます。

研究に関しても、臨床研究からコロナのようなウィルス学など非常に多岐にわたります。

1-2. ヒューストンの感染症診療

臨床感染症の非常に面白いところは、地域によって診る感染症が大きく変わるところです。ヒューストンのように、他人種が混ざり合い複雑な社会的背景、MD Andersonやテキサス・メディカルセンターなどの高度医療群は、感染症科専門医にとって 非常に腕の見せ所となるような環境です。

患者さんは、「私は***感染症です」と看板を下げてはきてくれませんので、患者さんの病歴や社会的背景から感染症を探し・診断するところから始まります。感染症以外の疾患でも感染症と同様な症状で受診することも多く、内科全般の知識と感染症の専門知識の両方が必要になります。そのため、患者さんに「探偵のようだね」と言われることも多々あります。

外来や病院で感染症科医として働いていると、患者さんの家庭環境、仕事、移住や趣味など、非典型的な感染症を疑うヒントがないか探します。そう言った話を聞いていると、社会的バックグラウンドの多様性に驚かされ、また日本が恵まれていることも強く認識することが多々あります。

また、診断がついても、薬剤耐性菌(抗菌薬が効かない細菌)などにより治療が難渋するケースなどもあり、その場合は最新の抗菌薬と副作用との戦いになることもあります。

さらに、風邪などを引き起こすウィルス感染症の多くが自然治癒することが多いのですが、そういった時に無駄に処方される抗菌薬を減らすというのも大切な感染症科の役目でもあります。

2. 各論

2-1. 新型コロナウィルス(COVID-19, SARS-Cov2)を経験して

2019年12月より中国の武漢にて新型コロナウィルスが発生し、2020年3月よりアメリカにも急激に感染が広がりました。新型コロナウィルスに関しての情報は、日々更新されるために、ここにはヒューストン、米国で生活する上で役立つリンクなどをまとめることにしました。

ヒューストンでのコロナの変遷

2020年のヒューストン第1波・第2波では、ICUが全部で2000床以上もあるテキサス・メディカルセンターでさえも、医療崩壊寸前までになりました。大学病院でも30−40床あるICU一つの階が全て新型コロナウィルスで埋まるという異常な状況で、30−40人の新型コロナウィルスの患者さんを毎日診るという、15年の医師人生の中で初めての経験をしました。

これほどに短期間の中で、同じ疾患を診るという経験は医師としても非常に不思議な感覚を与えるものでした。多くの患者さんが同様の経過を辿り、ある一つの分岐点を境に亡くなっていく方と、回復していく方の差が感覚として捉えられるような感覚を覚えました。

そして、2020年の12月のmRNAワクチンを中心としたコロナワクチンの出現による、病院内の緊迫・逼迫感の大きな軽減は、医学雑誌で発表されるような研究結果というより、自分の肌身を通して違いを感じました。さらには、2020年は自分の医師人生の中で1例のインフルエンザを診ない異常な年となりました。人間の行動変容と感染症の関連性を強く認識する経験でもありました。

現在でも、新型コロナウィルスは社会に大きな影響を及ぼしているものの、各国での新型コロナウィルスに対する対応の違い、危機管理、リーダーシップなどの違いについても垣間みることができました。

現在、米国ではウィズ コロナを念頭とした対応に変化しており、今後の感染症の動向とワクチンについてどうなるかが非常に興味深いです。

2-2. 新型コロナウィルスに関する情報公開

米国では、情報公開が進んでおり、CDCやテキサスメディカルセンターのウェブサイトに行くと、大方の情報が手に入ることができます。

GoogleでCDCとCOVIDと検索してください。必要な情報に比較的速やかにアクセスできるかと思います。

こちらの情報は2022年12月末の情報とリンクになりますので、リンク切れなどがありましたら、ご了承ください。

テキサス州内の感染者数

https://www.arcgis.com/apps/dashboards/45e18cba105c478697c76acbbf86a6bc

ハリスカウンティ内の感染者数

https://covid-harriscounty.hub.arcgis.com/pages/cumulative-data

テキサスメディカルセンターの感染者数

https://www.tmc.edu/coronavirus-updates/

CDCのホームページ

https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/index.html

CDCとCOVID19にプラスして、Vaccineなどの検索キーワードをグーグルに入れていただければ、そのページに進むことができます。

外務省水際対策

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00209.html

ヒューストン領事館ホームページ

https://www.houston.us.emb-japan.go.jp/itpr_ja/11_000001_00025.html

ヒューストン領事館より、随時領事メールで新たなお知らせを受けることができます。

2-3. その他一般感染症

米国では、合併症のない感染症の場合、一般内科の医師によって治療されることが多いです。感染症専門医に診てもらうためには、病院内であれば一般内科、もしくは外科などの主科の医師よりコンサルテーションのお願いをしていただくことが必要になります。外来での診療が必要なときには、主治医の医師より専門家へのリファラルが必要となることが多いです。

2-4. 風邪と抗菌薬

一般的な風邪、インフルエンザや新型コロナウィルスには、抗菌薬が効く事はありません。インフルエンザや新型コロナウィルスでは、抗ウィルス薬が投与される事はありますが、細菌に効くような抗菌薬は、ウィルスを主とする風邪には効く事はありません。抗菌薬の不適切使用は、腸内細菌などの、良い細菌などを殺すことになり、抗菌薬自体の副作用や、良い細菌を殺すことによって起こる副作用など様々な有害事象が起こるために、必要な時以外はなるべく避けることが必要です。

2-5. HIVAIDS (Human Immunodeficiency Virus・エイズ)

米国では、日本と比べ非常に多くのHIV患者がいます。特に日本では馴染みの少ない感染症ではあるために、多くの方がHIVとお聞きになると不治の病とお思いになるでしょうが、現在のHIV診療はHIVが発見された1980年と比べ治療が非常に発展したために、内服薬を服用し続ければ、健康な人とほぼ同等の生命予後が期待されます。そのために、HIVに感染していても、内服治療を継続すれば、症状が出る事もありません。HIV感染者が必ずしもAIDSという訳ではなく、AIDS(Acquired Immunodeficiency Syndrome)という言葉が示すように、免疫状態を示すCD4値が200を切った場合や日和見感染症を発症した場合にAIDSを呼ばれます。

HIVの感染は、性的な接触だけでなく、血液などからの感染も起こるため、街中で怪我などをして出血している人を助ける時などは、日本よりも注意が必要となります。また、万が一HIV患者の血液などに接触してしまった場合でも、緊急にHIVの薬は内服すれば、HIVの感染をかなりの確率で抑えることができますので、HIVの暴露後予防投与(Post exposure prophylaxis)ができるUrgent careやERを受診されることをお勧めします。

また、HIVの発見が遅れると、エイズになり日和見感染などの重症感染症にかかることがありますので、もし感染しているか不安な方は、かかりつけ医にて簡便に血液検査ができます。万が一、感染してしまって治療が必要な場合は、感染症専門医のいる外来にて治療ができます。米国では、HIVの薬は州によってカバーされますので、保険がない場合でも治療を受けることが可能で、早期発見と治療が大切です。保険があって、copayがかかる場合でも、州の援助や製薬会社の割引クーポンを利用できることが多いです。

日本でもHIVの新規報告者数は1000人程度を推移しており、今後の感染者数の推移にも注目していく必要があると考えられます。

2-6. 性行為感染症 (Sexual Transmitted Diseases)

梅毒 (Syphilis)、クラミジア(Chlamydia)、性器ヘルペスウィルス感染症(Human Herpes Simplex: HSV)などが挙げられます。性行為で感染する病気にかかってしまったら恥ずかしいという気持ちもあり話題に上りにくい感染症ですが、意外とよくある感染症です。無症状である場合、性器周囲に発疹、痒みがでる、分泌物が増えたなどの症状がある場合もありますが、気がつかない間に感染が広がってしまったり、不妊の原因になってしまうこともあるので、早期発見、治療が大切です。また、パートナーも検査、治療が必要となる場合が大部分です。市の保健機関 (Health Department)、一般内科(内科医全員ではありませんが)、産婦人科、泌尿器科、感染症科などで診療が受けられます。

2-7. 抗菌薬と長期外来静脈治療 (Antibiotics and Outpatient Parenteral Antibiotic Therapy)

米国と日本では、共通した抗菌薬がいくつもあるものの、その投与量に違いがあったり、薬の値段が大きく違ったりします。特に、最新の抗菌薬は、保険が効かないことも多々あるため、高いcopayを支払わなくてはならないこともよく見受けられます。

また、経口の抗菌薬を使用できない場合、静脈注射による抗菌薬の投与が必要となるが、長期の投与が必要となる場合、米国では積極的に自宅投与を行うことが多々あります。その場合、PICC Lineと言われる長期に静脈内に留置できるカテーテルを腕から挿入し、1日1回から3回の静脈注射による抗生物質の治療を行います。保険によってVisiting nurse(訪問看護)の頻度にばらつきがあり、保険によっては週に1度の訪問看護しか受けられないことがあり、その場合には抗生物質の投与の仕方を教えてもらった上で、ご自身で投与することとなります。

2-8. 大人の予防接種

日本では、予防接種と言えば子供の予防接種が印象に強いかもしれませんが、大人、特に年配の場合子供と同様に様々な予防接種が必要となります。日本での予防接種は任意接種になるために、摂取量や予防接種にかかるお金等を支払う必要がありますが、米国の場合は、保険を持っていれば、予防接種にかかる費用は基本的にカバーされます。米国に、駐在などでこられている方に関してはこういった機会を利用して、積極的に予防接種を受けていただくことをお勧めします。

例えば、日本で最近投与が可能になった肺炎球菌ワクチンや、シングリックスと言われる帯状疱疹ワクチンなど、最新のワクチンを米国で受けることができ、シングリックスなどは、日本で摂取しようと思うと、数万円単位でかかってしまいます。

下記に、一般的にアメリカで大人に対して投与されるワクチンの種類とその適用について書きました。

詳しい内容に関しては、CDCのワクチンに関するホームページを参照ください。

https://www.cdc.gov/vaccines/schedules/hcp/imz/adult.html#note-hepb

1、肺炎球菌ワクチン

米国には2種類の肺炎球菌ワクチンがありましたが、新たな20価のワクチンが最近承認され、プレベナー20を接種することが適応のある患者さんに勧められています。

プレベナー(20価肺炎球菌ワクチン)

免疫抑制を引き起こすような状況や65歳以上の成人に適応があります。

2、破傷風ワクチン

破傷風は、怪我をした時などに感染する感染症です。感染する確率は低いのですが、感染した場合致死率が非常に高いため、10年に1度ワクチンの接種をすることが勧められています。破傷風ワクチンには、3種混合ワクチンと2種混合があり、百日咳とジフテリアのワクチンも同時に摂取することができます。百日咳は、最近ワクチンの普及により、ほとんど見ることがなくなったため、大人になったときに、子供の時に受けた予防接種の効果が減衰し、大人になって百日咳に感染すると言う症例が増えました。ぜひ、成人になってから少なくとも1度の三種混合を通して百日咳ワクチンの接種をお勧めします。

3、帯状疱疹ワクチン

帯状疱疹ワクチンには2種類のワクチンがあります。ゾスターバックスと言われる生ワクチンとシングリックスと言われるに非生ワクチンがあります。シングリックスが最近FDAに承認されたワクチンで、効果も非常に高いことから、シングリックスの接種が50歳以上の方に勧められます。また、50歳以下でも帯状疱疹のリスクの高い方は、18歳以上から受けれるようになりました。

4、インフルエンザワクチン

米国では、9月ごろよりインフルエンザのワクチンが毎年受けることができます。テキサスは、温暖な気候から、インフルエンザのシーズンが比較的遅いタイミングで始まるので、10月末までにはインフルエンザワクチンの接種を完了することが進められています。ワクチンの種類もいろいろありますので、ご年齢に合わせて打ち分けていただければと思います。65歳以上の方に関しては、高力価のワクチンがありますので、そちらの摂取も適応があります。

5、B型肝炎ワクチン

B型肝炎は、血液や性的接触により感染するものです。非常に有効性の高いワクチンで、2013年ごろにやっと日本でも子供たちのワクチンとして認められました。例えば、米国では糖尿病患者さんの血糖測定する機会を通して患者さんの間で感染が起こってしまったことをもとに、若い糖尿病患者さんでインスリンなどを投与している患者さんに対してB型肝炎のワクチンを積極的に摂取することを勧めています。(60歳以下) また、B型肝炎がみられる発展途上国などに旅行されるような場合にも考慮が必要です。

A型肝炎のワクチンを考慮している方がいる場合、B型肝炎とA型肝炎の混合ワクチンがありますので、そちらのワクチンを接種していただくことをお勧めします。

6、A型肝炎ワクチン

A型肝炎は、汚染したお水や海産物などから感染することがあります。ほとんどの場合軽症で住むことがほとんどですが、まれに重症化することがあり、その場合入院や、最悪の場合肝臓移植が必要になるような患者さんもいます。A型肝炎のワクチンを接種していれば、ほぼ感染を防ぐことができるので、子供の頃に予防接種することが米国では進められています。特に、発展途上国などに旅行を考えられている方が、旅行先で感染することがありますので、あらかじめ摂取しておくことをお勧めします。また、米国やテキサス内での感染例やOutbreakもあります。

7、その他のワクチンの適応

脾臓などの摘出が行われた患者さんなどは、重症な感染症にかかりやすいために、これ以外のワクチンを勧められることもある。詳しい事は、CDCのワクチンのホームページを参照していただくか、かかりつけの医師、感染症内科などの受診をお勧めします。

3. 日本人感染症科医師がいる病院

Houston Methodist Hospital, Texas Medical Center

6560 Fannin St, Houston, TX 77030

兒子 真之 医師, Masayuki Nigo, MD

電話番号:713-799-9997

https://www.houstonmethodist.org/spg/infectious-diseases/

Baylor St. Luke’s Medical Center (入院患者) テキサスメディカルセンター

https://www.stlukeshealth.org/locations/baylor-st-lukes-medical-center

Baylor College of Medicine McNair Campus (感染症科外来) テキサスメディカルセンター

https://bcmd8.bcm.edu/healthcare/for-patients/locations/baylor-medicine-at-mcnair-campus

Baylor医科大学所属

福田 由梨子 医師, Yuriko Fukuta, MD PhD

<最終更新日:12/2022 兒子真之、福田由梨子>

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